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開け放たれた縁側から午後の暖かい光がさし、ひっきりなしに舞い落ちる葉は、時おり影法師となって障子に映る。
先生の手本を見てから、俺は同じ曲を、同じようになぞってゆく。
二歳で初めて箏に触れ、三歳にして初舞台を踏み、俺と同い年の二十三にして自宅での箏教授という職業を持つ先生は、いざ箏の前に座ると、とても同年とは思えぬ貫禄で日本の心を奏でてゆく。
先生のお手本は、いつ見てもこの座敷が喜ぶかのように、深い音となって家中に響く。
ネットの動画で偶然目にし、予想外に、教室が近場である事を知り、体験教室からこうして弟子にまでなった俺は、勿論まだまだの猿真似で、今教えてもらっている曲も、「花ふさ」という中堅以上の人なら誰でも弾けるような曲だった。
「どうしたん、いつもは、そんなとこでミスせえへんやろ」
一通り演奏を終えると、先生は畳を擦るようにして、自分の箏から俺の箏の方までにじり寄って来た。
先生は、誰かに稽古をつける時はたいてい着物だ。それはここ京都西陣の雰囲気に合わせているからか、単にそういう生活スタイルなのかは分からないが、いずれにせよ、これは俺の男心に、いつもはんなりさを与えてくれる。
「二、七、八、二、七、八、と連続で弾くとこやし、たーっと走ってしまうんは分かるんやけど、傍から聞いてると、急いててかえって聞きづらいで。もっと、ゆっくり引かな」
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