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自分と年の差のない、着物の似合う女性がいたとして。その人が自分に箏を手取り足取り教えてくれる人だったとして。好きにならない訳がない。
不純だという事は百も承知だし、自覚した時は、俺は日本の伝統文化を習いに来ているのに何という奴だバカ野郎、と散々に嘆いたものだった。
しかしそれだけならば、俺はしがない会社員、片や先生は京都一流の箏演奏家、という事で高嶺の花と諦めもつく。実際、今はそう思いながら、月に二回の稽古に励んでいる。
にも関わらず、
「やっぱり、あかんなぁ。猪原くん、今日はほんまに調子悪いんやな」
と、先生に言われてしまう程に意識が散漫としているのは、会社で偶然、先生の話を聞いてしまったからだろう。
「もう一回、私がお手本弾くしな」
と、先生が自分の箏の前まで戻り、先生が爪をはめようとした時、俺は反射的に口を開いていた。
「先生」
「何?」
分からんとこでもあるん? と、先生がきょとんと首をかしげた。
「ご結婚されるそうですね」
が、俺のこの言葉を聞いて、ほんのわずかに、その顔色が変わった。
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