琴は恋の糸を絡ませて

4/9
前へ
/9ページ
次へ
自分と年の差のない、着物の似合う女性がいたとして。その人が自分に箏を手取り足取り教えてくれる人だったとして。好きにならない訳がない。  不純だという事は百も承知だし、自覚した時は、俺は日本の伝統文化を習いに来ているのに何という奴だバカ野郎、と散々に嘆いたものだった。  しかしそれだけならば、俺はしがない会社員、片や先生は京都一流の箏演奏家、という事で高嶺の花と諦めもつく。実際、今はそう思いながら、月に二回の稽古に励んでいる。  にも関わらず、 「やっぱり、あかんなぁ。猪原くん、今日はほんまに調子悪いんやな」 と、先生に言われてしまう程に意識が散漫としているのは、会社で偶然、先生の話を聞いてしまったからだろう。 「もう一回、私がお手本弾くしな」 と、先生が自分の箏の前まで戻り、先生が爪をはめようとした時、俺は反射的に口を開いていた。 「先生」 「何?」 分からんとこでもあるん? と、先生がきょとんと首をかしげた。 「ご結婚されるそうですね」 が、俺のこの言葉を聞いて、ほんのわずかに、その顔色が変わった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加