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「知ってたん」
「ええ。先生のお相手、俺の会社の物流部長……社長の息子ですから。おめでとうございます」
先生の手が止まった。中庭で雀の声がした。
「先日、社長が自ら、俺ら社員に発表したんですよ。息子の許嫁がこの度正式に婚約するからーって。先生、二年ぐらい前から、部長の許嫁だったらしいですね」
俺の言葉が一旦切れるのを待って、先生は指に爪をはめる。
座敷の空気はしんとして、庭の雀が一層うるさくなる。俺はというと、一度外した口の戸が、止められなくなっていた。
「いや、びっくりしましたよ。今時、許嫁なんてあるんだなーって、同期と一緒に話してたんです。アメリカ帰りの息子が帰って来て、物流部長兼役員となって、親が探した許嫁と結婚……すげえっすよね」
「別に」
先生の口から、初めて戸惑いのような声が漏れた。
「親同士で、決めた事やし。お母さんも、お父さん亡くしてから苦労してるから、私が結婚決まったって嬉しそうやったし」
案の定、先生の顔からは、結婚の喜びは微塵も感じられなかった。
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