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「嫌じゃないんですか」
「嫌も何も。向こうは社長の親に逆らったら将来どうなるんか分からんし、私も私で、社長の人脈をもらっとけば、出張演奏の幅も広がる。チャンスやで。恋がどうたらなんて二の次や。お見合い結婚みたいなもんやと思えば……」
「その相手が、振られた元彼でもですか?」
とうとう、構えていた先生の手が、箏から離れた。疑惑の目が俺に向けられる。
「何で、それ知ってんの」
「会社で、こっそり、休憩室のドアの前で聞いたんです。部長が取り巻きの奴らに言ってました。まさか振った元カノが俺の婚約者になるとはなぁ、あん時、あの子いくつやったっけ? 大学生? しょうもない小娘やったなー。俺、あいつにもう興味ないけど、親父が気に入ってっし、結婚してから愛人作ったらええわな、あ、これ親父には内緒な……って、言ってました」
「あの人、そんなん言うてたん」
「言ってました。俺、もうちょっとでドアを蹴破って、殴るところでした」
自分でも、今さら怒りが湧いてくるのが分かった。
今でも耳を疑う話だ。縁組をした親同士が知らぬ事とはいえ、一度別れた男と女が再び、それも愛情なしの政略結婚だなんて。
そして本人同士も、それをお互い将来への打算で受け入れてしまうだなんて。
俺には我慢できなかった。
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