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「先生、それでいいんですか」
「さあ」
「さあって。自分の事でしょ」
先生はそれ以上何も言わず、花ふさのお手本を弾き始めた。
「先生!」
一の糸の低音、二と七の合わせ爪、三と五の糸が同時にぼん、ぼん、と鳴る。先生は伏し目でひたすらに箏を弾く。
拒絶しているようにも取れたが、拒絶しきれてない演奏ぶりだった。先生自身が言った通り、心の乱れが如実に箏の音に出ている。
「俺、先生が好きなんです」
その隙に付け込んで、とうとう俺は先生の傍までにじり寄り、言ってしまった。先生がにわかに身を固くしたが、構わなかった。
「嘘じゃない。本気で惚れてる。だから先生には、ちゃんとした恋人がいたり、ちゃんとした結婚をしてほしいんです」
「……」
先生の演奏がどんどん速くなる。男の告白を前に、必死に己を保ちながらであるのが手に取るように分かり、そこは所詮、俺と同い年の女の子だった。
「そんな結婚なんかして、自分を落とすなよ」
「落とすん違う!」
演奏が終わると同時に、先生が言った。ようやく終わった先生の手を、俺は袖ごと引いて抱きしめた。
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