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べしゃり、と顔に張り付いたパイを無言で引きはがし、
「あ、美味しい」
「食うのかよっ!」
ユーリィは額からドロリと垂れてきたリンゴのフィリングを指で拭うと、口へと放り込んだ。
見渡す限りの草原に青い空。昼間だというのに星々の輝くのがはっきりと見え、彼方を見れば虹が幾重にもかかる雲が浮かんでいる。
「そうカリカリするなよ、レキ。昼時に丁度いい天の恵みじゃないか」
「お前がそんなだから、他の天使からの嫌がらせが絶えないんだっ」
そう文句を言いながら、ユーリィの前に毛並みのよい黒い犬が現れる。彼は霊獣ーー長い尻尾の毛先がさらりとユーリィの銀の髪を掠めていった。
「仕方ないさ」
ユーリィはレキの顎下をそっと撫でる。
「お前も僕も地上界から特異的に召されたんだ。しばらく歓迎の儀式は続くさ」
「一年もされ続けて飽きねぇのかテメェは……」
犬の体が白い光を放ち、むくむくと人の形を成す。鋭い赤道色の瞳はそのままに、たくましい男の姿となった。
と、その時。
ドバッと二人の頭の上から、バケツ数杯分ほどの水が落ちてきた。
パイまみれだったユーリィはすっかり洗い流され、きょとんと蜂蜜色の瞳を瞬かせている。
「おい、『殻拾いのユーリィ』! 霊獣にお守りされてないで、ちゃんと仕事しなっ」
「貴様ら……っ」
レキが空に向かって唸った。
見上げれば、翼を広げて宙を舞う天使が三人、それぞれ肩や背に小さな子どもを乗せている。
「殻拾い! 下位層の地から天界に呼ばれたくせに、まだ卵を一つもかえしてないなんて……さっさと輪廻の輪に帰れ!」
「精霊を育てぬ天使など必要ない。いや、育てたくともお前には卵のありかが分からぬのかーーお前には、我らのような耳はないのだから」
その天使は肩上の子供の頭を撫でると、唇から短い歌を紡いだ。すると、強い風が吹き荒れる。
「彼の子は、風の精霊か……わっ」
「呑気なこと言ってんじゃねえ」
飛ばされそうになったユーリィを、とっさにレキが地へと伏せさせた。
風が止み、そろそろと目を開ける。
やはりという感じだがーー三人の姿は消えていた。
「あはは、僕も……卵が欲しくないわけじゃないんだけどね」
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