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「お待たせしました」
「――――いい香り」
息子さんは目尻にしわを寄せながらにっこりと微笑んでくれる。そうだね、今は嫌な記憶なんて忘れてこのコーヒーに癒やされよう。
少しだけ啜ると口に広がる芳醇な香り、鮮烈な苦味。変わらない、ブレンドの味。
「よかったらこちらもどうぞ」
ことん、とカップの横に小皿が置かれた。小皿の上には小さなクッキーが二つ。上にオレンジピールが乗った、丸いクッキーだ。
「あの、これは?」
「卵とか小麦粉のアレルギーがなかったら、試して感想を聞かせていただけませんか? コーヒーに合うように作った試作品なんです」
今日は皆さんにお願いして聞いてまわってるんですよ、とにっこり笑いじわ。私も思わずにっこりしてしまう。
「ありがとうございます。いただきます」
指先でそっと摘む。口の中でさっくりと割れほろりとほどけるクッキーは、甘酸っぱいオレンジの香りがふんわりと漂う上品な甘さだ。続けてコーヒーを一口。コーヒーとオレンジの香りがそっと絡み合って、その後コーヒーの爽やかな苦味がすっきりと甘みを流してくれた。
「すごい、美味しいです。コーヒーにすごく合います」
「よかった」
「これ、ここのお店で出すんですか」
「好評なら出そうと思ってます。でも、お客さんの顔を見ていると売れそうな予感がしますね」
言われて思わす自分の顔を押さえてしまった。そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。
「売れますよ。とっても美味しいですもん」
「本当ですか、うれしいですね」
息子さんの笑顔を見ていると、ささくれだっていた感情が収まっていくみたいだ。すごいな、これはこの店が何年経ってもなくならないわけだ。
いつの間にか私も笑顔になっていた。
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