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3年前の運命の日、その日は雨が降っていた。
清々しい程に晴れ渡った青空の下、夏樹は喫茶店へと向かう。
早足になり、迷っては止まって、歩き出しては早足になり、そしてまた止まる。その繰り返しで、喫茶店に着くまで随分とかかった。
白い壁の喫茶店、レトロな扉の上には緑と白のビニール製の小さな屋根。磨き上げられた扉にはOPENと書かれた真鍮のプレート。
3年前となんら変わらない佇まいで夏樹を迎えた。
変な歩き方をしたせいで、吐き出す息が熱い。
触れたドアノブの冷たさが際立った。
(この扉を開けれは彼がいる…)
だからこそ、躊躇した。
(今更、自分から手放したくせに…)
だからこそ、迷うのだ。
離別…彼の為と言いながら、本当は自分の為だった。耐えられなかったのは己の心だ。共に過ごす時間が増えて行くたび、思い出せずに苛む彼を見ていられなかった。
失った記憶に気が付いて、傷付いた様に小さな声でごめんと謝る彼を見るのが悲しくて、その度に以前の彼を思い出し、目の前の彼は一体誰なのかと不安になった。上手く甘える事も出来なくなって、愛しい筈の彼が、彼であり彼ではない、そんな風に感じる自分が怖かったから、だから、彼から逃げた。
離れたら、全て終わる。
そんな訳がないのだ。離れた分だけ募ったのは彼への思い、愛しい、恋しい、寂しい、会いたい。なにも一つとして楽になどならなかった、彼を思う感情は何も変わらず忘れる事も、遂には失う事さえなかったのだ。
(待てなかったのは、僕だ)
貴方は、ずっと…待っていたの?
ドアノブを握る手に力を込めた。すると、耳元で、忘れてしまった声が聞こえた気がした。
『…帰っておいで、愛しい人…俺の運命』
自分に都合の良い風にばかりだと、夏樹は苦笑した。それでも勇気をくれるのは、いつだって彼の言葉、思い出したのはいつかの笑顔。
『出会った瞬間、運命だと思ったんだよ』
(あの時は確か、笑った僕にまじめに聞けと貴方は怒った)
「…懐かしいね」
貴方が僕の運命の人ならば、どれだけ幸せな事かと思ったんだよ、とうとう伝える事は出来なかったけど。
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