1984人が本棚に入れています
本棚に追加
拭き清められた身体、清潔なシーツ、ベッドサイドにはミネラルウォーター。
耳を澄ましても、部屋に自分以外の気配は無い。
夕暮れ時、随分眠っていたのだなと薄暗い寝室のベッドの上で膝を抱える。
ミネラルウォーターを半分ほど飲み干して、それを頬に当てた。
涙を流しすぎた瞼は熱くて重い、少し身動ぐだけで身体は軋むし、ベッドから降りる気力もない。
(目が覚めたら、側にいて欲しかった…)
貴方を思うと胸が苦しい、不安を取り除いてあげることができなくてごめんね、無理をさせて…ごめんね。
どだい無理な話だったのだ。
優しい彼が、責任感の強い彼が、幾ら事故だったとはいえ、忘れてしまった過去を悔いない訳がない。一緒居れば尚のこと…。
重ねた思い出の紐を解くように、話して聞かせた。はじめこそ興味深く、そんな事があったのかと目を大きくしたり眉をひそめたり、面白おかしく聞いていた。
しかしその表情は次第に曇り、偶に何処かを見つめて難しそうな顔をする様になった。
一路の部屋に夏樹の私物は一つも無い。
彼の母親と幼馴染のあの人が、夏樹の私物を片付けてしまったからだ。
一方夏樹の部屋は一路の私物で溢れていた。
彼はこの部屋で、夏樹と過ごした過去の自分と対峙していたのだろか。
小さなひび割れは、やがてそこから大きく裂け、気が付けば取り返しのつかない歪みになる。
だから夏樹は思う、どだい無理な話だったのだと。
最初のコメントを投稿しよう!