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拭き清められた身体、清潔なシーツ、ベッドサイドにはミネラルウォーター。 耳を澄ましても、部屋に自分以外の気配は無い。 夕暮れ時、随分眠っていたのだなと薄暗い寝室のベッドの上で膝を抱える。 ミネラルウォーターを半分ほど飲み干して、それを頬に当てた。 涙を流しすぎた瞼は熱くて重い、少し身動ぐだけで身体は軋むし、ベッドから降りる気力もない。 (目が覚めたら、側にいて欲しかった…) 貴方を思うと胸が苦しい、不安を取り除いてあげることができなくてごめんね、無理をさせて…ごめんね。 どだい無理な話だったのだ。 優しい彼が、責任感の強い彼が、幾ら事故だったとはいえ、忘れてしまった過去を悔いない訳がない。一緒居れば尚のこと…。 重ねた思い出の紐を解くように、話して聞かせた。はじめこそ興味深く、そんな事があったのかと目を大きくしたり眉をひそめたり、面白おかしく聞いていた。 しかしその表情は次第に曇り、偶に何処かを見つめて難しそうな顔をする様になった。 一路の部屋に夏樹の私物は一つも無い。 彼の母親と幼馴染のあの人が、夏樹の私物を片付けてしまったからだ。 一方夏樹の部屋は一路の私物で溢れていた。 彼はこの部屋で、夏樹と過ごした過去の自分と対峙していたのだろか。 小さなひび割れは、やがてそこから大きく裂け、気が付けば取り返しのつかない歪みになる。 だから夏樹は思う、どだい無理な話だったのだと。
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