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マフラーもせずに飛び出したせいで、首元が寂しい。マンションへの道すがら、一路は夏樹の手を繋いで離さなかった。人目が気になると訴えてもどこ吹く風で、誰も気にしないと朗らかに笑うのだ。
「またあの部屋に越して来ようかな」
「越してくるなら俺のとこに来い、一緒に住めばいい」
「でも一路の部屋は二人では手狭だって」
「覚えてるか?内覧に行こうって言ってた部屋」
「あー、でもあれ確か分譲だったと思うし、流石に三年も経ったら誰か住んでる」
「俺が住んでる」
「…ぇ、今…なんて?」
玄関の扉を開け、土間で靴を脱いでいた夏樹は動きを止めて、先に部屋に入っていた一路を見上げると瞬きを数回繰り返す、すっかり涙は引っ込んでしまった。
「マンション買った」
「……」
「…なんでかって?独り身だしそれくらいしか金の使い道が無かったから」
「今のは…嘘だ、一人で住むには広すぎる」
「……お前が帰ってくる場所を、俺の側に作っておきたかったんだよ。ーー引いたか?」
「………うん、ちょっと…引いた」
「容赦ないな」
「我慢しないって決めたから、何でも言うようにしようって」
「それは、いい心がけだな」
顰めっ面の一路に笑い、夏樹は言う。いっぱい話して、喧嘩もして、そして仲直りしよう。一路はそれもいい考えだと言って、夏樹の肩を抱き寄せた。
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