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健一とクモ
「オワッ!」
素っ頓狂な悲鳴とともに、健一が立ち上がった。震えながら指さす先には、小さなクモが一匹。そうなのだ、おおよそのことに対しては思い立ったが吉日な健一なのだが、そのくそ度胸を怯ませる弱点がクモなのである。そして、その怖がりようといったら尋常ではなく、ヘビに睨まれたカエル、天敵のごとき絶対的強者に相対する弱者のそれであった。もっともカエルはヘビに睨まれると凍りついたように動かなくなるらしいが、健一の場合は大騒ぎをするという点で大きく異なっているのだが。
この時も指さす先にいたのは、小指の爪ほどの小さなハエトリグモだった。普通の成人男性であれば、クモ一匹にあまり騒ぎたてたりはしないし、仮に苦手意識があったにしても、小指の爪サイズなら新聞紙などを使ってパシッと追い払うぐらいで終わらせる。だが健一は違った。まず騒ぐ。大声を出して怖がっていることをこれでもかとばかりアピールするのである。
小学校のころは、クモを見つけるや大袈裟に逃げ回る性癖がからかいの原因にもなった。健一自身は体育が得意でクラスではリーダー的な立場にいたので、イジメのターゲットにされることはなかったが、それでも面白半分にいたずらを仕掛けて、慌てふためくさまを笑う連中はいた。アシダカの一件は、その典型的なケースである。
淳平の家も健一の家も新築の一戸建てだったので、2人とも家の中ではあの気持ちの悪い大型グモと遭遇することはなかった。だが旧家に暮らすいたずら好きがいて、蔵の中かどこかで捕獲したアシダカを虫かごに入れて学校へ持ってきたことがあった。そしてかごを健一の鼻先に突きつけて怖がらせたのである。それこそ飛び上がらんばかりの反応を見せただけでなく、教室を飛び出して行った健一はしばらく戻ってこなかった。徒歩競走になると、健一の方が速いので、そのいたずら好きも追いかけはしなかったし、すぐに教師に見つかって虫かごごと取り上げられ、こっぴどく説教されるという形でオチがついたので、少年時代の笑い話に過ぎないのだが、健一のクモ恐怖症を印象づけるエピソードの1つである。
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