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庭の桜はちょうど盛りを過ぎたところで、音もなく散る花びらはまるで雪のようだった。
障子を開けて縁側に出た百合子は、少しばかりヒンヤリした感覚と共に、口元をほころばせた。
その舞い落ちる花弁の中に、あどけない表情で満開の桜を見上げる小さな男の子を見つけたのだ。
桜の花のように淡い色の肌をして、陽に溶けてしまいそうな亜麻色の髪を光らせている。
「ほら正志さん、あの子よ。よかった、今年は姿を見せてくれないかと思って心配してたんだけど」
よっぽど桜の花が好きなのね。桜は一年中この庭に立ってるのに。姿を見せてくれるのはいつもこの時期。
百合子は続けて家の奥に話しかけたが、夫からの返事は無かった。
元々無口な男なので、百合子は特に気にもしなかった。そのままじっと、桜の木の下に佇む男の子を見つめる。
ふっくらした唇と、少し色素の薄い瞳がとても愛らしい。着ている服も、小さな手にしっかりと抱えているゴム毬も、昨年と全く同じだ。
いや、7年前に初めて満開の桜の木の下に姿を見せた時から、少しも変わっていない。
少しも変わらず大きくもならず、男の子は毎年この桜の花の下に立つのだ。
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