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術の心得がある者なら別だが――果たして、黒曜の使者にはそのような能力があるのかどうか。単に、超級の身体能力を持ったものという場合もあるが、手がかりがなければ推測のしようもない。
赤髪の男は胸元まである髭をしごいて、深く溜息をついた。
「ここにいないとなれば……街に向かった可能性が有るな」
全知全能の存在であれ、無力であれ、人はまず情報を得るために人の多い場所へと向かう。黒曜の使者が人間であれば、例外はないだろう。
災厄を齎す存在ならば尚更だ。
なにせ相手は、この世界を破滅させるための……
人類を殺すための、存在なのだから。
「一番近い街は……交易都市【ラクシズ】か」
この辺境の地域では、黒髪の種族なんてまず見かけない。
ならば、見つけるのは容易いことだ。
「網を張って……始末する」
黒曜の使者が人間らしい感情の持ち主だったなら哀れに思うが、しかし、世界の安寧には変えられない。
赤髪の男は踵を返し、ゆっくりと歩き出した。
罪のない人を殺しても、最早何も感じなくなってしまった身。
それでもそんな自分が肯定される道があるのなら、喜んで刃を持つ。他人を救う事で自分の業が浄化されるわけではないが、赤髪の男にとって、それが正気を保つ唯一つの術だった。
数多くの血を啜り長い時間を生き過ぎた自分も、もしかしたら黒曜の使者と同じ存在なのかもしれない。
【人類に、災厄を齎す】――――。
それは、自分自身の称号にも……言える事なのだから。
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