校舎の裏、来るまで待ってる

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 「すごく綺麗だ」  日に翳すとそれは水面のように光を反射し、近くで見ると草の蔓や花をモチーフにした彫刻を詳細に見る事が出来た。僕が漏らした感嘆に、橋本さんは先程見せたあの幸せそうな表情で返す。その誇らし気で満ち足りた顔を見た瞬間、僕は自分でも思いもしなかった行動に出た。  果物ナイフのように尖った切っ先を彼女の中心に向けて突き刺したのだ。そこに至るまでの葛藤や逡巡などまるでなく、自分でも理解出来ぬままに右手が動いた。彼女の口からはヒュッという微かな吐息だけが漏れる。そして、糸の切れた人形のようにあっけなく、彼女の身体は地面にくずおれた。その姿を追うように、手に握ったナイフも地面に落ちる。  「橋本さん・・・?」  自分の手がまるで勝手に動いたんだ、と良い訳がましく、ナイフを握っていた掌と、倒れた彼女とを交互に見る。橋本さんは恨み言を言う間も無く息絶えて、初めからそこにあったかのように桜の木の下に横たわっている。まるで眠りに就く瞬間を写し取ったみたいだ。瞼はほんの少し開かれて、長い睫が影を落としている。頬に触れたらきっと温かいだろう。  僕の理性が働いたのはそれからほんの少ししてからだった。逃げなければ。彼女の懐に返したい欲求に何とか自分は打ち勝ってナイフを拾い上げた。これからどうする?どうすれば良いか分からない。取り敢えず今はこの場を去らなければならない。去り際に、僕はもう一度彼女を振り返った。小柄な少女はただ眠り込んでいるだけのような風情で、ちらちらと舞う花びらがいくつもいくつも彼女の上に降り重なる。その光景はまるで桜が彼女の安らかな死を祈っているようだった。
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