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第1話
「行くで! サヤカ」
母は私の細い手首を掴み、住み慣れた木造家屋から飛び出した。
それを半ば茫然と見つめる祖母の姿。
今では、その記憶ももう随分と薄くかすれてしまって、その時の祖母の顔が思い出せないけれど、酷くショックを受けていたのだけは覚えている。
この時、私はまだ5歳。
季節は、春だった。
私には、父がいない。祖母と母と三人暮らし。それは私が母のお腹の中にいたときから変わらずで、私にとってはこの生活が普通のことだった。
ところが、その日常は、ある日突然終わりを告げた。
週末であろうと関係なく働きに出ている母が、その日は珍しく家にいて、祖母と台所に立っていた。
いつもなら、起床した時点で既に母の姿はなく、夜も母の顔を見ずに床につく。母親なのに、滅多に顔を見ることがなかった。私の生活空間の大半は、祖母と犬のロコだけ。でも、それが私の日常だった。
ある日、母は私を連れて、その家を出た。
その日は、擦りガラスから差し込む柔らかい陽の光が、僅か四畳の台所を明るく照らす、よく晴れた休日だった。
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