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薮内は体育教師の目を盗んで、近くにいたクラスメイトに目で合図すると、ひとりでさっさとグラウンドの隅へ走って行ってしまった。
「えぇ……」
こうなると、僕にはもう追いかけるしか選択肢がない。
サッカー部の薮内の足にかなうはずもないが、僕も、こっそりグラウンドの隅へ走った。
グラウンドの隅から教職員用の駐車場を通り抜けて渡り廊下周辺へ。
薮内は人気のないのを見計らうと、そこで足を止めた。
天気は一向に衰え知らずで、ここのところ連日の快晴が続いている。数日前まで午後は天気が崩れることが多かったのに、最近では曇ることもまれだ。
風の冷たさがどんどんやわらぎ、その一方、強さは激しくなる。ころころと草の塊が駐車場の乾いた地面を転がって、そこだけ見ると西部劇のようだ。
しかし、ここは埼玉県父冨市、田舎の盆地。
風が吹かなければ空気はよどみ、人口は吹き溜まり、狭い世界で人生が転変する。
それは都会にはない悲劇かもしれないが、都会にだってきっと、悲劇はあるだろう。
大きく枝を伸ばしたい植物が、一定の区画内で生きるしかないみたいに。
薮内は渡り廊下近くの植木のあたりで立ち止まると、その大きくて青い葉っぱを一枚手にしていじりながら、
「その、最近、岩清水はどうだ?」
と切り出した。
「へ?」
僕はいきなり岩清水湖珠の名前が出たので、頓狂な声を出した。
いつものように四乃葉のことを言われると思っていたのに、やはり彼は岩清水湖珠が本命なのだろうか?
「最近、ずっと一緒に帰ってるだろう、教えてくれよ」
薮内は彼らしくもなく神経質に葉をいじり、僕から目をそらしながらなおも尋ねる。
僕は、言われた通り、最近の岩清水湖珠の様子を反芻した。
「えーと、かわいい」
「そういうんじゃなくて!」
薮内がいらいらと叫んだ。
どうも僕はこういう時、質問者が訊きたいこととはベクトルが違うことを答えてしまう悪癖があるらしい。
僕は最近の岩清水湖珠を形容する他の言葉を懸命に絞り出した。
クラス内の様子は薮内も見ているだろうから、帰路での様子をメインに思い出す。
「おとなしくて……ずっと黙ってて、うつむきがちで……。あ、でも、黒沢さんが話しかけると少し表情が動く。四乃葉が飴を渡したら受け取ってくれたし、女子にはわりと心を開いているんじゃないかな」
「お前は?」
「へ」
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