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しかし、僕がそう伝えた途端に彼女の瞳から好奇心の光は消えた。
「……それ、私が聞かなきゃいけないこと?」
むしろ不快なことを聞かされたかのように、四乃葉は冷たい声を出した。
「私が出会ったのは”今”の岩清水さんであって、”昔”の岩清水さんじゃないの。彼女に何があろうがなかろうが、彼女の”これから”と付き合う私にとって、昔の岩清水さんの情報は、彼女自身から聞かされるもの以外、不要な情報よ。余計なことしないで」
ぴしゃりと言い捨てて、四乃葉は僕の前から去っていく。
その後ろ姿は彼女らしく背筋が伸びていて、僕は自分の言動を省みてため息をついた。
(余計なこと、か)
確かにそうかもしれなかった。
岩清水湖珠の男嫌いの原因を、四乃葉が知る必要はない。
僕が知らなければいけないことでもなかった。
そんなこと、知らなくても、岩清水湖珠と友情は育める。おそらく。
それでも知りたいと思ってしまうのが僕で、知らなくてもいいと言い切れるのが四乃葉だ。
僕と彼女は従兄妹だけれど、考え方はずいぶん違う。
もちろん、どちらが正しい、正しくないの話ではないのだけれど、こういう時、僕は自分の未熟さに直面する。
僕はもう一度、深いため息をついて、その場を後にした。
更衣室の入り口で岩清水湖珠が立ち止まっていることに気づくことなく。
17
年度が違うので一か八かの賭けだったが、どうやら僕は賭けに勝ったようだ。
先生は今年も日曜日と木曜日が休日らしい。
チャイムの音に応じてアパートの玄関のドアを開けてくれた広瀬先生は、僕を見て驚いた表情をした。風呂上りなのか濡れ髪で肩にタオルをかけ、くたびれたTシャツにジャージ姿で、いつもはきちんとセットしている前髪が下ろされているのが新鮮だ。
「鷹森、どうした?」
僕は無言でうつむいて、ススス……と玄関に入り込んだ。
先生は僕のいつにないしおらしい様子を心配したのか、黙ってドアを閉めて僕を部屋の中に招き入れてくれる。
僕は先生に甘えて中に入り、座布団を出してもらってコタツ布団を外したコタツテーブルに座り、ペットボトルのお茶を出されてそれを一口飲んだ。
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