2.「感心しません」

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雪解けの瀬の中で、手足のない人の体を最初に見つけたのは、山歩きの熟年夫婦だった。 「胴体……人間の、胴体……」 売店まで駆け戻り、それしか言葉の出ない妻が介抱されている間、昨年まで大手電機メーカー勤務だった夫が通報する。 渓流釣りが解禁となった3月の最初の日曜日。 更にその下流では、ウェーダーを着た釣り人が、網に入った人間の手を掲げて「ウワァァァァア!」と騒ぎ出す。 網を手放せないままワァァァァアと後ずさっていると、網の中で皮がずるんと剥け、指先がぽとりと隙間から落ちる。 「ウワァァァア!」 「ウワァァァア!」 辺りが騒然とし始める。 どこからともなく人が集まり出す。 「……中佐、もう全域に立ち入り規制かけるそうです」 ややあって、山歩きにそぐわないスーツ姿の男が二人現れ、若い方が口早に告げた。 中佐と呼ばれた方は、うむ、と進もうとしてぬかるみの前で立ち止まる。 「……」 「あ、いいですよ。中佐は座っててください」 若い方は軽く流してブルーシートのそばにいる年配の男に近寄る。 「どうですか……?」 「今の段階で言えることはない」 旧知の気安い口調だった。
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