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誕生日は? と訊かれた時の常套句がある。
気付いてもらえればちょっと仲間意識みたいなものを感じるし、気付いてもらえなかったらそれで構わない。興味のない人にとっては、単なる歴史、単なる過去のセンセーショナルな出来事にすぎないのだと思う。自分だって別に、彼の信奉者というわけじゃない。
「もうすぐだね」
「……はい?」
お互いのどちらの部屋でも冷蔵庫にはビールが常備されていて、特に慧斗は、冬に飲むビールの方が好きなくらいだ。慧斗がプルタブを開けるのを待って、その缶ビールにクヮン、自分のビールを軽くぶつけて乾が言う。
「ジョン・レノンの命日」
「あ……そうですね」
「おーい?」
こうやってせっかく揶揄ってくれているいうのに、気の利かない返事しかできない。愉快そうに笑う恋人は、ノーヒントで慧斗の誕生日を当てた人物の一人だ。
乾は一口、二口、ビールを飲んでから、回想するように目を細める。
「……中村くん、ジョン・レノンが生きてるうちに生まれてないもんなあ」
「乾さんだって……」
「そうだっけ」
「そうだっけって」
「まあまあ、そんなことより」
大したこだわりはないのだろう、無責任に言って、話題はさらりと本筋に乗った。
「なに欲しい?」
「や、別に……」
ぬっと手が伸びるのに驚いて首を竦めると、耳たぶを摘まれる。きゅ。
「ピアスは―――もうできないもんね。アクセ系? それとも靴とか、服とか……CD? CDはないかあ」
高校二年の夏休みに開けた、左耳のピアスホール。二十歳を過ぎたくらいまではしていたのだが、なんとなく外してしまって以来、気が向かず一度も付けていない。その内に穴は塞がり、今では見た目にその存在は判らない。けれど皮膚の下には小さなしこりが残っていて、彼はそのしこりを触るのが好きなのだ。こんなふうに指で摘むこともあるし、時々は、歯を立てたり唇で挟んだり。
「別にいいです、ほんと、そんな」
彼の手から奪い返した耳をさすりながら、乾を睨む。その眉間の中心を今度は指先で突付いて、乾は仕方ないなあと大きな口元を弛めた。
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