デキデキ、キザキヘキメ

10/36
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
 たった数分前まであれほど倦んでいた心に、ぱっと種火が投げ込まれる。ジャックは決して大きくはない体躯を精一杯そらした。ミスター・ルーウィンがいつもやるように顎を軽く持ち上げ、しゃくって見せる。 「撮るのは彼を?」 「ああ、そう」  弾かれたように頷くと、コルヴィッツは触れ合いそうな位置にあった肩を前へと押しやった。 「とにかく、始めよう」  青年の凝視に、狂人と遭遇したかのような色が混ざり込む。顔が正面を向き、ジャックへ意識をぶつける時にも、それは変わらない。 「彼が、ゲイリー・クーパーのヘッドショット(プロモーション用写真)を撮った男?」  固いワイシャツのカラーに締め上げられたコルヴィッツの喉が、ゼリーのように震える。急かす手へ、一層の力が込められた。 「別に誰でも構やしないだろう、なあ。素材が全てさ。本当の才能って言うのは、嫌でも滲み出てくるものだからな」  歯が浮くようなごますりを、青年は当然の如く受け取った。軽く肩を捩って、分厚い掌から身を離すと、つかつかとスクリーン前まで歩み去る。すれ違った鬢からは、ポマードと白粉、そして汗の臭いがきつく漂った。 「それで、他の役者は?」 「彼だけだ」  ジャックの声へかぶせるようにして、コルヴィッツは答えた。 「うちで新しく売り出す予定のスターなんだが、宣伝用に何枚かと……今回は端役だが、役員の評判も上々な作品だ。何よりも、健全な話だしね」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!