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なんだかその日は騒がしかった。朝からばたばたと店主や使用人までもが忙しくしている。……そう言えば私のお客様も今日はまだ誰もいらっしゃらない。
「ああ紅葉!」
慌ただしくしているのを宛てがわれた部屋からぼーっと見ていたら、奥様に声をかけられた。綺麗な着物をたくさん持って、どこかへ行く途中みたいだ。
「奥様、どうかなさったのですか? 皆、慌ただしくしているようですが……」
そう言った瞬間、奥様はとてもとてもいい笑顔を私へ向けてきた。
「それがねえ、夜市の貰い手が決まったのさ! あのよく来てくださっていた大物政治家の方だよ!」
それを聞いた私は、何も理解できなかった。頭に何も入ってこない。
夜市さんの貰い手が決まった? なんの話なの?
私が理解出来ていない間にも奥様は、一番の花売りだから渋ったんだけど、あの大金をつまれちゃあねえ、なんて喋っていた。
じわりじわり。少しずつ頭が追いついて来た。夜市さんは、売られるのだ。大金と引き換えに。……嫌いな、大嫌いな男の人に。
「それで今から夜市の着物の準備があるから、紅葉も手伝って!」
「……あの、そういえば今日はお客様は……」
「何言ってるのさ! 今日は夜市を貰う方が夜市に会いに来るのさ、貸切だよ!」
さ、行くよ!
私はよくわからない感情のまま、奥様の後をついて行った。夜市さんに与えられている部屋へ行くというのに、私はどんな顔をして夜市さんに会えばいいのかわからなかった。
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