もう赤い糸は結ばれない

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 夜市さんにあれはこれはと着物を着せるのをただ見ていただけだった。私は夜市さんが貰われていくという現実を受け入れられず、ぼうっとしていた。一瞬、ちらりと見た夜市さんの顔は不気味なほど感情が読めなくて。いつもなら私に必ず声をかけてくれるのに、その時ばかりは声も出さずに大人しく着せ替え人形にされていた。  夜市さんが、ここを出て行く。貰われて行く。信じたくない気持ちが私を動かしていた。  ふらふらと勝手に動いた体は奥様の仕事部屋に向かった。奥様の仕事部屋は襖が開いていて、そのまま声をかけた。 「あの、奥様……」  なんだか声が掠れていた気がする。声の出し方すら忘れてしまったというのか。 「ん? ああ、紅葉かい。どうしたんだい?」  ここまで来るうちに頭で整理した言葉を言うだけだというのに、私の頭の中は一気に散らかり始めて口はからからになって来た。 「夜市さんは……その、見初められて、貰われて行くんですよね……?」  なんとか出した言葉たちは弱々しかった。それでも伝わったらしく、奥様は「そりゃそうさ!」と心底嬉しそうに言った。 「夜市は格別な花売りだからね! 貰い受けたいという男もたくさんいたけどあれだけのお金じゃあ……ねえ?」  また、お金の話。お金で夜市さんの人生が決まってしまう。なんだかとても汚らわしく感じた。??体を売っている私がそんな事を感じるなんておかしいのだろうけど。 「あんたは夜市に育てられたようなもんだし、ものすごく懐いてたからねえ? そりゃさみしいか」  奥様は「ああ、そうそう」と言葉を繋げた。 「紅葉、あんた夜市が貰われて行ったらここから出てお行き」 「え?」  ここから? 出て? 一体どういう事だ。 「奥様、それは……」 「あんたはもう自由だって言ってんのよ。あんたもそれなりに顔がいいし、夜市に教わっただけあって稼ぎがいいから口惜しいけど、これが条件じゃあねえ……」 「い、一体どういう事です……? 条件……?」  そう問えば奥様は「今からやることがたんまりあるんだよ、夜市に聞きな」と言って、襖を閉めた。疑問を抱いたまま追い出されたような私はしばらくそこから動けなかった。それでも、彼の元に今すぐ行かなくてはならないと思い、ふらつきながらも夜市に与えられた部屋を目指した。
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