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すでに八月も半ばだというのに、北半球は東アジアにある小さな島国では気温が氷点下を下回る日々が続いていた。
灰色の雲が空を分厚く覆い、太陽はその姿を完全に隠し、日光に代わって地表には大量の放射性降下物が届けられる。
地上に立ち並ぶ高層ビル群はどれも損傷激しく、真っすぐ天に向かって伸びていたはずのその姿は、今や大きくその身を傾かせているような有様であった。
かかる負荷に耐え切れなくなったものから崩壊し、その度に辺りには大規模な土埃が巻き起こる。
倒壊の余波が近くの別の建物にも伝わると、窓枠が砕け、そこに収まっていたガラスが飛び散った。
がらがらと大きな音を立てながら、地上数十メートルの高さから大量の瓦礫とガラス片が落下していく。
衝撃音が辺りに響き、そしてすぐに立ち消えた。
かつて『都庁』と呼ばれていた、このエリアでもひときわ大きな建物が崩れ去ったのだ。
しかし幸いなことに、この災害に巻き込まれた者は一人もいなかった。
街から人々の喧騒が無くなってすでに久しかった。
かつてここにあった栄華はもはやどこにも残っておらず、広い範囲にわたって巨大な建造物の立ち並ぶその景色に、辛うじてこの地上を支配した者たちの存在が窺えるくらいのものであった。
この街に人間と呼べる生物は残っておらず、それどころか、この島国のどこを探してもただの一人も出会うことはないのだ。
時を同じくしてこの日、島国から遠く離れたどこかの洞窟で、最後の地球人が命を絶った。
その亡骸は埋葬されることなく捨て置かれ、やがて腐り消えていくのを待つ以外の未来はない。
世界はこの惑星の原生種たる人類の絶滅をただ静かに受け入れていく。
それを観測する者はどこにもいなかった。
もはや旧支配者の存在やその趨勢など、この惑星の現在の支配者達にとっては取るに足らない出来事でしかなかったのである。
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