プロローグ

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プロローグ

 俺の城である美術準備室はひんやりとしており、いつも通り煙草と絵の具と少しの埃臭さが充満している。  汚れた窓に目をやれば澄みきった空の下、あとひと月もたたないうちに開花を迎えるだろう桜の木が並んで見えた。   「僕、先生のことが好きですっ……!!」    古ぼけた事務椅子に座り煙草の煙をくゆらせる俺に、卒業したばかりの教え子が顔を真っ赤にして告白してくる。   「すまないが、お前の気持ちにはこたえられない」    今日は本校の卒業式。  俺の勤務する私立命翠(メイスイ)学園高等学校は、数時間前にその式典を終えたばかりだ。   「……どうしてもダメ、ですか?」    泣き出しそうな顔を見ているのが忍びなくて、俺は吸い殻がたまりつつあるデスク上の灰皿へ視線をおとす。   「駄目だ」    ひよっこOBからの告白は、俺にとっては毎年卒業式後の恒例行事だ。  ここは男子校であり、俺は教師であり男である。  なのに教職についてから今年含めて六年間、毎年この日に生徒から告白を受けている。  これが教師として普通かそうでないかは、同僚たちに確認したことがないので分からない。   「それはやっぱり――僕が男だからですか?」    美術部の部長をつとめていた目の前の生徒の気持ちには、半年ほど前から薄々気がついていた。 「性別は関係ない」    公表はしていないが俺はゲイなので、この発言に嘘はない。
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