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「ならどうして駄目なんですか?! 僕が生徒だから? さっき卒業したのに?」
乱雑に書類やらが積まれたデスクに手をついて、元部長は俺に詰め寄ってくる。
「卒業してもお前は俺の生徒だから」
「僕にとって棗(ナツメ)先生は大好きな唯一のひとです!」
「どう言われても俺はお前と交際はしない。――大学に行って新しいひとを見つけなさい」
毎年のことなので、このまま此処にいても無駄な押し問答をするだけの展開になるのは分かりきっている。
俺はほとんど吸わないままに灰になっていく煙草を灰皿に押しつけ、椅子から立ち上がる。
「先生行かないで! ……もしかしてF組の三宅とつきあってるて噂、本当なんですか? 僕は三宅より先生と親しいから、全然信じてなかったんですけど……」
目に涙をためる元生徒から、はじめて聞く噂に俺はぎょっとする。
「いいや、それはない。絶対ない。まず俺が生徒とつきあうということ自体があり得ないから」
そう。
俺は絶対に教え子には手を出さない。
好きにはならない。
それは俺のトラウマにつながることだから。
……だが「恋はするものではなく、おちるもの」と最初に言ったのが誰かなんて知らないが、上手く言ったもので。
ひと月後に恋をしたという高揚感と、恋をしてしまったという絶望感の二律背反を抱えて、三年続く恋の沼に沈んでいくことをこの時の俺はまだ知らない。
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