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一年生、春
「――これから出席番号順に立って自己紹介な。さっそく安達から、ハイ開始ー!」
四月ド頭の入学式後、俺は副担任となった一年B組の教卓脇で、担任の国語教師の手慣れた進行をぼんやりと見守っていた。
その時既に十年以上ぶりの恋が、俺の猫背の後で突き落とすための両手を構えているとも気づかずに。
「小南宗一郎(コミナミ ソウイチロウ)、です」
恋と呼ばれる糞概念は、窓際の一番後ろの席の生徒がだるそうに立ち上がった時に、ドンと俺の背を押した。
(――――!!)
すぐに次の生徒が立ち上がるも、名前だけおざなりに言っただけで即着席した生徒から目が離せない。
彼は詰襟の制服を早くも着崩し、黒髪を後ろに撫でつけ、いかにも不良という出で立ちだ。
先月まで中学生だったというのが嘘のように発育がよく、制服の上からでもその身体は鍛えられているのだろうと容易に見てとれた。
窓の外に向ける三白眼気味の眼は鋭く、口は大きく唇は薄い。
攻撃的なその容貌や雰囲気で見落しそうになるが、地味だがそこそこ整った男らしい顔立ち。
少ししか聞くことが出来なかったが、声変わりの完了した低い声音。
(……どうして、久しぶりの好みドンピシャが生徒なんだ……)
生徒と教師。
一般的にもタブーな関係だし、何より自分のトラウマである。
過去を思い出し足元がふらつきそうになるも、ここは新入生だらけの教室である現実を思い出して踏みとどまる。
(……いけない。この気持ちは今すぐ絶対に殺す。あの時みたいに間違っても告白なんてしない)
生まれたばかりの恋の息の根を止めようと俺は即座に決意する。
しかし「恋はおちるもの」。
恋はまったく底が見えない奈落へ落ちていく俺を笑って見ている。
殺せるはずがなかった。
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