二年生、夏~四ツ橋凛・後編~

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 * 「ナツメ先生~! 男子会しーましょ★」  二学期がはじまり九月も半ばを過ぎた水曜日の放課後、おざなりなノック音の後、高い四ツ橋の声とともに美術準備室の扉が勢いよく開かれる。 (……四ツ橋の突然の訪問に、何も感じなくなりつつある自分がヤバイ。いや、相変わらず迷惑であることは変わらないんだけど)  そんなことを考えている俺の元へ近づいてきた彼は、手に提げていた紙袋から、ラップに包まれた長方形の食品を取り出す。 「本日は部活で作ったパウンドケーキ持って来ました★」  四ツ橋の言葉に、今日は彼が所属する本命の部活・家庭科部の活動日だったことを思い出す。 「ボクがこれ切るので、先生はお茶いれて下さい」  彼は続けて紙袋から紙ナプキンを取りだし、事務机の横の作業台の上に広げる。 「旨そうだけど、お前のしもべたちにはもうやったのか?」  紙型に入ったケーキはまだ包丁を入れられた跡のない、焼き上がり後の原型を保ったままだ。 「はい、モチロン抜かりなく★ これとは別にもうひとつあったので、それを切り分けて与えました★」  フフフ、と愛らしい顔に不敵な笑みを四ツ橋は浮かべる。 「そ。ならコーヒーいれるか」  ここに四ツ橋が訪ねてくるようになった初期に、「どうして家庭科部に入ったのか?」と質問したところ、「そういうことが趣味だとか、出来るだとかな人間って割りと好まれやすいでしょう? 男女問わずに」という返事が返ってきた。  いかにも計算高い彼らしい発言だが、打算とは別に純粋に、料理やら裁縫やらが好きであるのも本当らしい。  家庭科部で持ち運び可能な食品を作った際には、彼はこうして手土産として持ってくるのだが、それのどれも美味しかった。 「バナナの匂いがする……」 「そりゃバナナが入ってますから。バナナ、お嫌いでした?」 「大丈夫。全然嫌いじゃない」  インスタントコーヒーを二人分紙コップに入れて戻れば、開封したパウンドケーキの甘い良い匂いがしていた。  四ツ橋がプラスチックのナイフで二センチ弱の厚さに切り分け、皿代わりの四つに畳んだ紙ナプキンの上に置く。 「それでは食べましょうか★」  いつもの通り俺は事務椅子に座り、四ツ橋は隣にパイプ椅子を置いてそれに座り、彼曰くの男子会をはじめる。
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