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つけ睫毛で盛った目を伏せ、吉永は憎しみを感じさせる低い声でそう言った後、すぐに慌てた様子で顔を上げ、早口で注釈をつける。
「言っとくけど、被害受けたのはアタシじゃないからね! アタシ、今ちゃんと彼氏いるし!」
「あっそう。吉永サン、恋人ゲットおめでとー。――そんで、なっちの話はそれだけ?」
ぶっちゃけ今、『仁井村に股がけされたのが誰であるのか?』なんていう話には、まったく興味がない。
寄り道不要なので、俺が知らないなっちに関する新情報だけを、早く教えて欲しい。
「……ううん。アタシが棗を心配してる理由は、教育実習でとある馬鹿が馬鹿やったせいで、連絡がとれなくなったから」
「えっ、吉永お前、なっちの連絡先知ってんのかよ?! 教えろ!」
「瀬尾ってばちゃんと話聞いてた? 『連絡がとれなくなった』と、今言ったでしょ! ――教育実習生間で実習情報共有するために、全員でアドレスを交換したんだけど、実習が終わってすぐ、棗はアドレス変えちゃったの! だから今はもう連絡とれないの!」
今度は立ち上がりこそしなかったが、テーブルの向かいから身を乗り出してきた俺を、吉永は口をへの字に歪め、強い力で押し戻してきた。
「もしあの馬鹿男があんなこと言わなかったら、まだつながっていられたかもしれないんだけど……」
腕を組んで軽く上向き、吉永は苦々しい表情で言う。
「その『馬鹿男』ってのは、なっちに何言ったんだよ?」
俺のこの質問に、吉永は渋い顔のまま戸惑うように視線をさ迷わせたが、教育実習終了後の打ち上げ飲み会での出来事を話し出した。
「棗はこの打ち上げの時、問題の馬鹿含む酔っ払いたちを、部屋の隅でずっと介抱してた。――この『酔っ払いの面倒をみる』という役割を担うことで、うるさい他人と距離をとりたかったのかな……と、アタシは思ってる」
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