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そして打ち上げ会が後半へと突入したころ、半ば忘れられたような存在だったなっちが突如、宴の中心にいた幹事の前へ現れた。
彼は「急ぎの用が入って、ついでに体調が悪いから帰る」と、幹事へ早口で告げると、走って飲み屋を出て行ったのだという。
「出て行く棗は、何かから逃げ出すみたいに見えたわ」
飲み代の徴収は会がはじまる前に済んでいたので、なっちの突然の帰宅を咎める者はいなかった。
しかしこの出来事により会場がいささかザワついた時、『ハイペースで飲んで酔っ払った馬鹿男』が、この場にいないことに吉永は気がついたそうだ。
介抱係をしていたなっちが帰ってしまったのもあり、そいつの存在が気になった彼女は、近くにいた男と一緒にその酔っ払いを探しに行った。
「探すといっても、酔っ払いが行き着く場所なんてしれてるじゃない? だからまず、トイレへ行ったのよね。アタシは女で男子トイレ入れないから、近くにいた男へ声かけて、一緒に探してもらったんだけど」
吉永のこの読みはドンピシャで、酔っ払いは男子トイレの個室に倒れ込んでいる姿で発見された。
泥酔していた彼は、吉永の協力者の男によりトイレから引きずり出されたのだが、協力者はここで面倒になったらしく、後を吉永へ任せて打ち上げ会場に戻ってしまったのだという。
「でもアタシ怪力じゃないから、そいつをかついだり引きずったりして、会場へ戻ることは出来なかった。だからほぼ意識トンでるような状態で、トイレの前に放置されたそいつを、ただ眺めてるしか出来なくてね」
けれどこの損な役回りを早く終わらせたかった吉永は、「肩をかしての移動くらいなら出来るかも? 」と思いつき、これを実行してみようと考えた。
だが相手は壁に背を預け、ぐにゃりと座りこんでいる体勢であり、そこから彼を彼女が引っ張り上げるのは、重くて無理だ。
特に、意識を失い脱力している人間というものは、起きている人間を運ぶより大変であるということを、彼女は知っていた。
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