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「まぁ今、この話はどうでもいいのよ。――教育実習の打ち上げで、さっき話したようなことがあって棗が心配だったから、アタシは瀬尾を呼び出したということ!」
顔は不愉快そうなままだったが、吉永は俺の過去の発言を責め続けることはしなかった。
昔恋した人の安否と比較した場合、過去の悪口はそれより重要度が低いらしい。
「なるほどな。でも悪いけど、先に言った通り、俺もなっちと連絡とれてないんだよ。もうずっと」
「……仁井村とのことがあるからかな……。暴言酔っ払いクズ男も最悪だけど、仁井村のことも大嫌いだわ、アタシ」
吉永は後半、俺へ話すというよりは、強い怨嗟のこもった一人言をつぶやいているように聞こえた。
「話したいこと話したし、これ以上話に進展もなさそうだから、店出て帰りましょ」
彼女は一人言を言い終えるとすぐ元の何でもない口調に戻り、テーブルの上に外して置いていた腕時計をつけなおし、帰り支度をはじめる。
「突然だな」
「だって棗とならともかく、瀬尾と二人きりで顔つきあわせて話す理由、ないじゃん?」
「冷てぇの!」
俺たちは連絡先を交換してから、ファミレスを出る。
そして別れ際、なっちのことで新情報や新展開があった場合、互いに連絡しあうことを約束し、それぞれの帰路についた。
一人になった俺は、ムシムシとした夏の夜道を、実家へ向かって歩く。
(物凄く死ぬほど嫌だけど、なっちと仁井村の噂、たぶん本当なんだろうなぁ)
なっちは暴言男をトイレへ放置し、逃げるように帰った――それは仁井村との噂は本当だ、とほぼ認めているようなものだと思う。
彼が教育実習時に元気がなくて少しやつれていた、という吉永の話を思い出し、俺はとても面白くない気持ちになる。
(きっと仁井村は見合いのために身辺整理して、なっちを捨てたんだ。何が校長の娘だ! ふざけんな! ――娘さんに人を見る目がちゃんとあって、破談になったのはザマーミロだけど!)
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