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「うん。少し前にたまたま会った時、棗が腕時計忘れて帰ったんだってさ。でも連絡先交換してなかったから、その腕時計を綿矢が預かったまま返せずにいて、困ってると言ってた」
「へーぇ……」
その話が本当なら、是非その時のことを詳しくお聞きかせ願いたいところだが、たぶん全部作り話だ。
綿矢は嘘をつき、なっちについて情報収集しようとしているだけ、と俺の第六感が告げている。
(お前も俺も、動くのが遅すぎなんだよ。バーカ!)
約一年前からなっちについて情報を求めてちまちま動いているのに、いまだ新しい噂のひとつも俺の耳へ入ってこない。
そんな虚しい現状なのに、今まで同窓会等に一切顔を出さなかった綿矢が突然、一回ばかり出席したところで、そう簡単に新情報が得られるとは思えない。
「ところでオギー君。この同窓会、ためしに来てみたのはいいけど、退屈だとは思わないかね?」
「俺、ここ来る前から『確実にツマランと思う』て、瀬尾に言わなかったっけ?」
「そうだったか? ――夜から別の飲み会入ってるし、もう帰ろうぜ」
綿矢が高校を卒業してから今までの間、何を考えてどう過ごしていたかなど、知るわけがない。
――知らないし興味もないが、なっちについては今更で、役立たずな人間だということだけは分かる。俺も同じだから。
「ジュース飲み過ぎたから、便所行ってくる」
帰る前に尿意に襲われた俺は、ロビーにオギーと会場で会った数人の友人を残し、一人でトイレへ向かう。
同窓会がひらかれている建物は、結婚式やその他色々なパーティー会場として、よく使われる場所らしい。
そういう建物なので、トイレは広く明るく、清潔で綺麗だった。
(今回も空振りかぁ。いっそ仁井村へ殴り込みでもかけるか? でも見合いのために証拠隠滅で、メアドもケー番も全部消去してるに決まってるよなぁ……)
期待はしていなかったものの、落胆しながら小便器の前に立ってベルトを外していると、隣の便器の前に誰かが立った。
(空きまくってるのに、わざわざ俺のすぐ隣に来るなよ。やりずれーな)
舌打ちしたくなるのをこらえ、ちらりと隣人へ目をやれば、隣人も同じようにこちらを見ていた。
「瀬尾、久しぶり」
俺へ軽い不愉快さをもたらした隣人は、なんと綿矢だった。
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