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俺が自己嫌悪を隠しながらなっちを見れば、彼は苦笑していた。
「ありがと。でも身体的にキツいより、精神的にキツい方がしんどいかなー」
「会社で何かトラブってんの?」
問えば、なっちは職場でのいざこざを、冗談をまじえて話し出す。
それを聞きながら俺は頭をフル回転させ、「今後どうすれば彼に関係を切られず、つながりを維持出来るだろうか?」と考える。
「成る程なぁ。そりゃ面倒くせぇし、迷惑すぎる」
「だろー? 本当マジで死ぬほど迷惑してる。何とかなんないかなぁ……」
そして俺は、このなっちの災難を利用しようと思いついた。
「――あのさ、なっちは転職とか考えてたりする?」
「今、結構本気でそれ考えてる」
「なら俺が勤めてる先なんてどうだ?」
ようやく切望していた再会が叶ったのだ。
俺はなっちを二度と見失うつもりはない。
新しい連絡先も絶対に聞き出す。
「……瀬尾は今、学校勤務と言ってたよな?」
「ああ。今年度末に、美術教師が定年で退職するんだよ。だから来年度からの、新しい美術の先生を募集するんだ」
「へぇ」
しかし、なっちが帰りたくない理由だらけの地元で高校時代を一緒に過ごし、携帯電話水没後に新しい連絡先を教えてもらえなかった、俺。
つまり俺はなっちに対し、その程度の信頼しか築けていなかった、ということである。
よって連絡先を交換したところで、再び関係を絶たれない保証はなく、「教えてもらった数日後にはまた、つながらなくなる可能性もあるのでは?」と、危惧の念を抱いたのだ。
「なっちは美大卒業してるワケだし、どうかなと思って。――まぁ、教員の資格が必要な話ではあるけどさ」
「……教員免許なら、持ってる」
吉永から、なっちが教育実習に参加したことを聞かされていて、良かったと思う。
(教員免許持ってると知ってなきゃ、この美術教師募集の話をしなかったと思うし。――それとは別の問題として、「教師とか嫌だ。絶対ない」とか一蹴されなくてよかった! ……何しろ仁井村が教師だからな……)
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