寺地

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寺地

 寒いですねえ、が口癖だった。  寺地はいつも、しわくちゃでくたびれた、グレーのジャケットをつけていた。首回りには細かいフケを散らして、着古され、擦り切れて汚らしいジャケットを、しかし寺地は、僕の知る限り、夏であろうが脱いだ姿を見せたことがなかった。頬はこけて鼻も細く、その上に四角く大きな眼鏡をのせて、顔面に突如浮き出たような目玉は常にぎょろぎょろと動き、唇は常に不気味に弧を描いていた。骨と皮だけしか残っていないような、枯れ枝みたいな細いからだを揺すりながら、小さな歩幅で静かに歩く教師だった。  寺地は、物忘れが激しかった。教師のくせに生徒の名前など憶えてくれた試しがないし、勝手な都合で(雨が続いてからだが痛いだとか、そういうような)授業が自習になってしまうこともままあった。教師としてよかったのかと聞かれれば、きっと、今となってはそれでよかったのだろうと思う。     
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