第1章

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赤井は、フーヤからその事を相談された時にやや、不機嫌そうにその話を聞いていた。 「フーちゃんねえ、医者は患者の命や人生をどうこう出来るもんじゃねぇんだよ!」 「もっと、真剣に考えねぇと大変な事になるぞ!」 赤井は、フーヤのやっている事がどんな結末を招くか?全てお見通しのようにも見てとれた。それでも、フーヤは自分の医師としてのスタイルを変えようとはしなかった。 暫く経った頃、チカのおなかの中には新しい命が宿っていた。 チカの妊娠が分かった時、チカは涙をボロボロと流しながらフーヤに抱きついたまま暫く離れようとしなかった。 フーヤは、チカを抱き止めながらまるで子供をあやすように肩をポンポンと叩き、唇を噛み締めながら複雑な表情を浮かべて天井を見上げていた。  数日後、フーヤは自宅近くの産婦人科病院から連絡を受けて仕事を半日で切り上げて病院に向かった。 妙な胸騒ぎがしてフーヤは、気持ちを落ち着かせるためにデパスを一錠口の中で噛み砕いて不安を取り去る作業に必死だった。 病院に着いた頃デパスが効いたか?フーヤは、少し落ち着きを取り戻していた。 院長室に案内されたフーヤは、これからどんな話を聞かされるのか、どんな映像を見せられるのか、そしてこれからどうしたら良いのかをある程度覚悟しながら軽く一礼をしただけで椅子にもたれるようにゆっくりと座った。 「早速ですが、見ていただきたいものがあります。」 その後の約一時間近く、フーヤはチカのおなかの中の胎児の姿をしっかりと自分の眼に焼き付けるように見つめ続けた。 胎児は、一見普通の姿をしているように見えたが院長はハッキリと奇形児である事を説明して早い段階で堕胎する事を薦めた。 「お気の毒ですが…」 「奥様は常用しているお薬が有りますか?」 フーヤは、何を聞かれて何を答えたのかも帰る頃には、忘れてしまっていた。 病院内ですれ違った妊婦の姿を振り返って見ながらそこにチカの姿を重ねてただ、立ちすくしていた。 これから始まるであろう地獄のような日々を想像しかけてそれを振り払うために再びデパスを一錠口の中で噛み砕いた。 翌日、フーヤは八王子の赤井の診療所を訪ねる。 全てを話し終わり目も虚ろなフーヤの脱力感に包まれた姿を見ながら赤井は、小さな溜息をついて 「言わんこっちゃなかろうが!その子をどうするつもりだ!」 「堕胎するしか無いと思います」
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