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「髪の毛くらい、とかしなさい。髭も後で剃るのよ!」
「分かってるよ!」
僕は、マッハで朝食を完食して、冷たい麦茶を飲みに台所の冷蔵庫までのそのそと歩いていった。
「楽しみねえ、今夜の夏祭り!」
母は、暑かったのか?ゴムで後ろ髪を束ねてタオルで首筋を拭いていた。
「楽しくは、無いよ……」
僕は、麦茶を飲みながら、正直な意見を小さな声で呟いた。
「お母さん、四季の中で、夏が一番好きだわ……」
僕の横を、すれ違った母の身体からは、形容の仕様の無い、とてもいい匂いが漂ってきた。香水でもつけているのか?一瞬、変な感覚に襲われた僕は、麦茶をさっさと飲み干して、二階の自分の部屋に上がっていった。
今でも思う。母は、息子の自分から見ても、こんな田舎町に居ては勿体ないくらいの美人で、なまめかしい色気を常に漂わせていた。アラフォー主婦とは思えない若々しさと、未だに誰かと恋愛でもしているかのような輝きを眩しいくらいに放っていた。
そして、この日の夜の夏祭りは、僕にとって一生忘れられない思い出を、脳裏に焼き付ける事になる。
いよいよ夏祭りが、始まろうとしていた。この日ばかりは町の雰囲気は一変して、まるでそれは、364日の退屈と静寂を一気に吐き出すための1日に感じられるほどだった。
「光一、お客さんよ!!」
祭りが大好きな母は、なんだかとっても嬉しそうに見えた。
「今行くよ~!!」
部屋でくつろいでタバコを吸っていた僕は、タバコを吸い終わってからゆっくりと階段を降りて玄関に向かった。
「ようっ!久し振りっ!」
「あっ!タケル!!」
正直、僕は驚いた。この町を出て行ってから殆ど音信不通だった高校生時代の親友のタケルが今、目の前に元気な姿で立っている事を……
「光一君、久し振り!」
「アカネ!お前も来てくれたのか!!」
タケルの後ろからアカネが現れた事で、僕はまるで時間が巻き戻されたような感覚に陥り、嬉しさでいっぱいになった。
「まあまあ、二人とも上がって行けよ!」
僕は、二人を迎え入れて三人で二階の僕の部屋へ入っていった。
「タケル君に、アカネちゃん。本当に久し振りよねえ~!!」
三人分の麦茶とお菓子を持って来た母は、笑顔で二人を歓迎した。
「いやぁ、だけど、東京は何かと大変ですよ!!毎日、生きていくので精一杯です!」
タケルは、崩していた姿勢を急に正して母に対応した。
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