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「新薬が、効いてきたのね!」
母の静江は、変わり始めた博也の姿を見て、父の達郎とともに喜んでいた。
一見、新薬の効果が、著(いちじる)しく現れたように見えた博也は、この後、その新薬「ホライゾン」によって、良い意味でも悪い意味でも、大きく人生を変えさせられる事となるが、この時は、まだ誰も、その不可思議な展開を予想する事すら、出来なかった。
「ホライゾン」の治験開始から一ヶ月が過ぎた。博也は、治験開始前の無気力で、憂鬱な引きこもり状態から脱却し始めていた。障害者就労支援センターに登録を済ませて、平日の月曜日から金曜日、センターに通いながら、ビジネスマナーやパソコンの技術習得、軽作業や、認知行動療法などのセンターが組んでくれたカリキュラムを熱心にこなしていた。
「金城さん、例の治験の対象者の三木博也の事ですが……」
「大澤、今のところ三木博也以外には、治験は試していないのか?」
日本リーベルの新薬開発部の金城と大澤は、治験開始から一ヶ月が過ぎたタイミングで、今のところ唯一の治験対象者である博也の状態を把握すべく日本リーベルの開発部に送られてきたレポートやデータを入念にチェックしていた。
「金城さん、今現在三木博也のみの治験段階ですが、レポートやパソコンに送られてきたデータを見る限り、顕著な好転の様子がハッキリと確認できています」
「ふむ、確かに。だいぶ活動的、且つ前向きに変化してきているようだな。これから、更に意欲の向上、それに伴うビジネスマナーやパソコンのスキル向上。問題のコミュニケーション能力の改善に関しても、就労支援センターのスタッフや仲間たちと良好な人間関係の構築が出来ているとのレポートが上がっている。極めて順調だ!」
「何としても、ホライゾンを世に送り出して、一大センセーショナル的な話題をかっさらえば我が社の知名度も評判も文句なしに上がってくるだろう。副作用も今のところ大丈夫なようだな」
「はい、金城さん、このまま順調に事が運べば、我々は、大きく世界を変える事が可能になります。ただ、唯一問題があるとすれば……」
「大澤、それに関しては、今の段階で話す事ではない。今後も経過をしっかりと見守っていくだけだ!」
「……はい」
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