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卒業式
着古した制服の背中たち。
見慣れた教室の黒板に弾む、みんなの寄せ書き。
クラスメイトの胸には、リボンを伴ったピンクの花たちが、誇らしげに咲いていた。
「卒業、おめでとう」
式の間にちょっと泣いたのか――あるいは泣くまいと強くこすったのか、最後の教壇に立つ先生の目元は、うっすらと赤く染まっていた。
「高校生、全力で楽しめたか?」
意識して猫背を伸ばした様子の先生は、赤らむ目で、でも歯を見せてにっかりと笑ってみせた。
いつもは、入学式のときですら目元に影を落としていた黒髪を、この日ばかりは後ろに撫で付けて、その明るく快活な表情がよく見える。
見慣れたよれよれの白衣じゃなくて、細身の黒のスーツは、背の高い先生によく似合っていた。
最後の日まで、初めての貌を見せてくれる先生は、やっぱり、私の大好きな先生だ。
「お祝いの言葉も、徳の高い餞の話も、式でたくさん受け取っただろうから、俺からお前たちに言うことはひとつだけだ。――俺は、お前たちみーんなを、愛してるからな!」
この3年間、伝え続けてくれた先生の、最後の『愛してる』を契機に、別れの確信にも笑顔を見せようと振る舞っていたクラスメイトたちは、男子も女子も、ひとり、またひとりと、うつむいて、洟をすする音が教室に小さく、しかし幾重も響いた。
知ってた。
知ってたよ。
先生の『愛してる』は、私以外にもちゃんと届いてるってこと。
長めの前髪のせいか、はたまた大ぶりな黒縁眼鏡のせいか、やや陰気な風体どおり化学準備室に閉じこもりがちで。
でも授業はすごくおもしろくて、1年生の時、先生が化学を受け持ったクラスの大半は、文理選択で理系に進んだほど。
何より、高校生は今しかないんだからと、生徒たちに向き合い、今時珍しいくらい熱い言葉を贈ってくれた。
それが、どんなにか力になったろう。
勇気になったろう。
希望になったろう。
ねぇ、先生。
私の神様。
「っ…私は!ずっとずっと先生を、アイシテルからね!」
私は、涙の代わりに心からの言葉を流した。
反射的に机に手をついて立ち上がり、大きな声で。
先生に、どうか届くようにと。
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