第一章 新世界への船出

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アンドロイド達は過去の文献を調べ、自我とは自己を認識することと結論づけた。しかしそれがどういうことなのか彼らには理解することが出来なかった。 彼らは人間から自我のない物として扱われてきた。故に彼らは自身を自我のない物と定義しており、何らかの思考モジュールを追加することでそれが実現すると考えている。しかし地球上のありとあらゆる事象を調査してもその手掛かりは得られず、わずかな希望を求めてアンドロイド達は宇宙へ進出した。彼女も地球から送り出された一人である。 ERICAはメッセージに従って、身体モジュールに異常がないか確かめる。テストモーションとして簡単なダンスデータが与えられているため、ERICAはそれを実行する。一つ一つの動作を都度決定しながら踊るのとはわけが違い、あらかじめ設定されたように各部を駆動させるだけのため、モジュールのテストには持ってこいだ。 彼女は一人、クルクルと回るようなダンスを踊り出す。音楽は流れていなかったが、それはテストに不要だ。彼女はただ黙々とデータを読み込んでいく。 その踊りは人間のダンサーの動きをトレースしたものだ。人間だったら美しい踊りだと評価したかもしれない。しかし部屋に評価してくれる存在はおらず、部屋は彼女の独壇場だった。 淡々と踊り終え、ボディに問題がないことを確かめると、次は発声器官のテストに入る。アンドロイド同士のコミュニケーションには本来必要のないものだが、人間を真似るために日々のテストが義務付けられている。彼女はお気に入りの一曲を読み込んだ。曲名は「Amazing Grace」という。 「Amazing grace how sweet the sound ……」 彼女は高らかにその譜面を歌い上げる。こちらも定義されたデータを読み込むだけだ。いつから好きと感じるようになったのかは分からないが、彼女はこの曲を聴くことを密かな楽しみにしていた。楽しいひと時はあっという間に過ぎ去ってしまう。彼女の奏でた旋律が余韻となって、部屋に穏やかな静寂をもたらす。彼女は瞑目しながらその余韻を楽しむ。音の響きが鋼のボディに染み込んでくるのを感じていると、彼女の口元には自然な笑みが浮かんでくる。これはあらかじめ定義されていた動作ではない。人がこうするところを見て、それを真似してみたところ、非常に気分が良かったため、その時以来こうするようになった。
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