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「ただいまあ。」
「おかえり。」
すかさずミキは浩市を抱きしめる。その瞬間にキョウコとミキとの違いを、彼女の匂いと肌ざわりの違いで感じ取る。
ミキの匂いも浩市の好きな匂いだった。
そんなことを感じ始めている頃、1セット目が終了するアナウンスが流れ、ミキはそのことを浩市に伝える。
「そろそろ時間よ。もうちょっといられないの?折角会えたのに。」
もちろん彼女の営業用のセリフであると理解していたし、心地よい雰囲気に酔いしれてもいた。しかし、初めての体験で舞い上がっている自分を抑える必要性を感じていた浩市は迷った。
「今日は初めてだったので舞い上がっています。でもあなたに出会えてよかったです。また来るかも知れませんが、今日のところは帰ります。」
「残念ね。でもいいわ。きっとまた来てくれるのよね。」
そう言って最後の時間まで唇と唇の触れ合いを楽しませてくれる。浩市は、その度にどこか深い淵の先が垣間見られるような気がしていた。
「また、きっと来ると思います。そんな気がします。」
それだけを言うのが精一杯だった。何かわからなかったが、自分の中で通常とは異なった感情が発生していた。それだけは自覚できた。
やや朦朧としたままミキに送り出される浩市。最後まで彼女の匂いが後を引く。
「必ずもう一度来てね。きっとよ。」
「はい。きっと来ます。」
そう言い残して、浩市は後ろ髪を惹かれる思いを感じながらドアを開けた。当然のことながらベンさんもヒデちゃんも延長モードに入っているに違いない。そんなことを思いながら店を後にするのだった。
一重目の匂いを身にまといながら。
浩市は不思議な気持ちだった。若いミキも同年代のキョウコもそろって素敵な女性だと思っていた。中でも印象深かったのはやや陰のあるキョウコの笑みだった。
翌日、会社を訪れるとヒデちゃんが声をかけてきた。
「おはようございます。昨日は何時までいましたか?ボクは結局4セットぐらいまでいちゃって、帰ったのは最終電車がギリギリでしたよ。」
「ボクはすぐに帰ったよ。あんまり深入りするとよくない気がしたからね。ベンさんも一緒に帰ったの?」
「いいえ、ベンさんも何時に帰ったか知りません。みんな早く切り上げるんだなあ。楽しいところなのに。」
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