#思い出す一重目の気配

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元々遠慮がちに臨んでいる今夜の情事。些細なことで一気に台無しになる。 閨の睦言は滞ることなく進行される。互いの匂いも肌の感触も忘れかけていた二人。それを思い出すかのように反応を試していた。 思い出せば早いのが若くして契りを結んだことのある間柄、急ぐ訳ではないがやや素っ気無く侵攻を始める浩市。新鮮味が無いのは直美も同じだった。 彼女も浮気性な性格ではない。これまでもそれらしい噂さえ上ったことは無かった。浩市については残念ながら、今までの性格と職業柄、いくつか疑わしきことはあったが、直美は特にそれらを突き詰めたり問い詰めたりしたことも無かった。 浩市の侵攻は少しずつその速度を変えて行き、ギアをチェンジするかのように加速していく。そのタイミングで言ったひと言が直美の機嫌をやや損ねた。 「今の時期で子供ができても大丈夫かな、仕事の方は。」 「そう言って今までできたためしが無いのよ。それにいつだって仕事を辞める覚悟はできているわ。それよりもお局さんみたいにずっと居座る方がつらいのよ。」 ニッコリ微笑む浩市は、うなずくように加速を始める。そのとき、ふと先日の夜に出会った肌を思い出してしまった。直美とは違った感触の肌のぬくもりを。 そして直美が浩市の雰囲気の異変に気付く。 「今、別のこと考えてたでしょ。」 女の勘は鋭い。不意に咎められた浩市の表情に狼狽の色が見えてしまった。 「別に何も無いよ。」 そう言って大団円を迎えようとしていた。 しかし、その態度が直美の機嫌をかなり損ねてしまったようだ。 「ちょっと待って。」 直美は浩市の侵攻を強制的に止めた。 「あなたはそういうところが曖昧なのよ。私はいつだって良いって言ってるのに、どうして応援しようとしてくれないの。子供が欲しいと思ってないのはあなたじゃないの?もう私は色んな人に子供のことでとやかく言われるのは嫌よ。要らないなら要らないでちゃんと意思表示して。」 「どうしたんだ。ボクは子供が要らないなんて言ってない。キミの仕事の事が気になったから・・・。」 「そうじゃないでしょ。色んなことが惰性になって来ているのよ、今の生活そのものが。コウちゃんはそこから先のことなんて望んでないのよ。」
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