12.疑問

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12.疑問

 その夜。シオンは客間でぼんやり、窓の外を眺めていた。夜空の下から虫の音が聞こえてくる。 「すごい、怒られたな……」  あの発言はリアトリスの機嫌を著しく害したらしく、何か口にしかけた彼女を、クルスタとアーネスが慌てて部屋の外へと連れ出した。聞こえてくる内容からして、こちらが口答えをしたことが、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。定められた規則をきちんと守り続けている彼女からすれば当然だろう。  シオンは脱力し、ベッドへ倒れ込んではみたが、一向に眠気を感じない。疑問がぐるぐると頭を巡って邪魔をする。仕方なく彼女は起き上がり、窓際へ向かった。片方のカーテンを寄せて、窓を開く。  やはりここの夜は肌寒い。腕をさすりながら、窓際へ置いた椅子に腰を下ろす。  窓枠に寄り掛かり、頬杖をついた。三日月が高く浮かんでいる。辺りは虫の声ばかりで、時おり草木が風に揺られて囁いている。  地平線の上に広がる星の海を、シオンはぼお、と眺めていた。 「星空が珍しいのか」  危うく椅子から落ちる所だった。  シオンは顔を上げ、声のした方へ目を凝らす。すぐ横に植わっている、大きな木の枝にそれらしき人影が見えた。声でジェドネフだと判断がつくものの、茂った葉で顔は見えない。  器用なものだと、シオンは枝の上でくつろぐ大柄な体をまじまじと眺める。 「綺麗だなと、思って……」 「この状況下でたくましい精神力だ。アーネスにも見習わせたいね」 「ジェドネフさんは、私の見張りですか」  素直に質問してみると、ジェドネフは声を出して笑った。  部屋だけでなく着替えや夕食まで戴いている身で、妙な話しである。 「そんなトコだ。スフェノスのヤツが、夜討ちにくるとも限らねぇしなァ」 「ジェドネフさんは、スフェノスがどんな人……傾玉……? なのか、詳しいんですか?」 「顔を合わせたのは今日が初めてだ。アレに詳しいのから、話しを又聞きしているだけでね。弟分つっても、俺たちに血は通ってねぇからな」 「そうですか……」 「嬢ちゃんはスフェノスをどう思ってんだ」 「私……?」  シオンは星空へ視線を戻す。彼の声は常に自信に満ちている。それでいて、今は穏やかで、耳に心地が良い声音だ。 「ここまで一緒に歩いて来て、ヤツをどう思った?」  促されて、シオンはスフェノスとの短い思い出を振り返る。記憶の限りでは、彼と初めて出会ったのは昨日だ。それが嘘のように色々な出来事がどっと押し寄せてきた。ここにきて聞きたいことがまた、山ほどある。 「悪い人ではないと、思うんですけど……。やっぱり、話しを全部聞くまでは、何とも……」 「だろうな」 「私がもっと、積極的に質問していれば、もう少しマシな状況になっていたりしたんでしょうか……?」 「魔術の知識が無い嬢ちゃんがいくら頑張ったところで、あいつに丸め込まれるのがオチだ。ここへ来る道中、周りの人間はどいつもこいつも、アイツに親切だったろう?」  親切。好意的。思い当るフシが多く、シオンは頷く。 「俺たちは人ならざるモノだからな。こちらがその気になれば、大抵の人間はその魔力に毒される。アイツの申し出を断るのは難しいだろうよ。今さら、何を悔やんだって変わらねぇさ」 「じゃあ、これからはどうすれば……?」  つまりは。自分がどれだけ頑張っても、最終的には彼の言葉に頷いてしまうのだろう。これでは、どちらが従者なのか分からない。  駄目で元々。シオンは助言を求めてみた。  ジェドネフは立ち上がり、声を和らげる。僅かに翠の眼と視線が交わった。 「そうだな……。とりあえず寝たらどうだ? そろそろ窓を閉めねぇと風邪ひくぞ、嬢ちゃん」 「……シオンでお願いします」 「なら、また明日な、シオン」  ジェドネフの影は夜の影に混じって消えっていった。どうやら見張りと言うよりも様子見だったようだ。  素直に彼の助言に従い、シオンは窓を閉める。彼の言う通り、室内がだいぶ冷えていた。  窓を閉ざしても、月灯りはカーテン越しに天井まで伸びている。シオンは肌触りの良い布にくるまり、枕に頭を沈める。遅れて、まぶたと眠気がゆるり、ゆるりと落ちてきた。
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