17.魔術師協会

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17.魔術師協会

 見上げた天井には、所せましと絵画が描かれている。シオンの周囲を、ぐるりと長いテーブルがとり囲み、彼女はその中央に立たせられた。室内の照明は薄暗く、静けさに耳が痛くなる。  そしてそれ以上に気になるのが、肌を刺す視線だった。テーブルに腰を下ろしてこちらを見下ろしているのは、ローブを目深にかぶり、顔を隠している者ばかり。互いに顔を寄せ合い、ヒソヒソと小声で話し合っている。  居心地が悪い大広間に、渇いた足音が響き渡った。 「これより評議を始めます。アーネス、彼女を前へ」  見ると長身の女が一番高い、正面の席へ腰を下ろした。彼女は周りのローブを被った者たちとは違い、襟を上まで詰め、長い白髪を後ろで一つにまとめている。  隣に立つアーネスから視線で促され、シオンは一歩前へ踏み出した。  彼女の声には抑揚がない。淡々と、すでに用意されている言葉を読み上げているようだ。 「内容については、事前に話し合った通り。スフェノス石が主張する、彼女との契約について。先の彼女やスフェノス石の様子から、改めてこの場にいる者へ意見を求めます」  顔が上げられない。こんな大勢の前に立たされるとは、想像もしていなかった。  唇を噛んでいるシオンに、背後からアーネスがそっと耳打ちする。 「落ち着いて、シオン。僕はここにいるから」 「……何か、言った方が良いんですか?」 「今はやめておこう。好き放題言われて、腹が立つと思うけどね」  顔は上げていて、と。助言を添える。シオンはぎこちなく頷き、渋々、顔を上げた。視線のやり場に困る。正面に座っている彼女はずっと、こちらを見ているのだ。  どこからともなく、平坦な声がこだました。 「それについては結論を出したはずですよ、フルゴラ」 「現在の正門前の惨状を見てもなお、同意見であると」 「あなたこそ、あの石の要求を呑む気ですか?」 「一部については、その必要性もあると考えています」 「しかし、そこに立つ娘は魔術師どころか、魔術の素養すら怪しいと見えますが」  脇から別の声がシオンを指す。声に抑揚はなくとも、見下されているのは分かる。アーネスの言葉を自身に言い聞かせ、細く息を吐き出す。  先ほどからフルゴラと呼ばれている正面の彼女は、どう受け答えをしても表情を変えない。 「傾玉との契約に必要なのは魔術師の素養よりも、彼らとの相性。スフェノスは彼女を選びました。彼はフューカス公よりこの方、主不在が続いています。この機を逃した後、彼が再び、主を選ぶ保証もありません。このまま契約主の不在が続くのであれば、彼はいずれ、傾玉としての形を失うでしょう。彼にその気がある内に、主を選ばせておくのが、現状としては妥当であると、私は考えています」 「魔術師としての掟ひとつも知らない、一般人に傾玉を持ち逃げされる可能性も考慮してのご判断ですかな?」 「お言葉ですが」  アーネスが口を開く。彼女は後ろに手を組み、直立のまま目を伏せていた。 「そんな、我々の掟ひとつも知らない彼女に傾玉を持ち逃げされる心当たりが有るのでしたら、我々の現体制に問題があると考えるべきです」 「アーネス。元はと言えば君が持ち出した案件だったはずだ」 「厳密に言わせて戴くのであれば、私とフルゴラに対して要請があった案件です。私としては、頼んでもいない手を差し出され、いたく遺憾のほどであります」 「これほどの案件を、君個人で処理しようとの判断が、よほど問題だ。アーネス」  上から降り注ぐ声に、アーネスは冷ややかに睥睨する。 「私たちは傾玉を管理する機関であって、傾玉のご機嫌取りをする機関ではない」 「彼らを管理するためにも、彼らの心証を損なう行為は控えるべきではありませんか」 「ジェドネフ石と仲睦まじい、君らしい意見だ。しかし彼らに契約主を選抜する主導権を握らせれば、これから先、彼らが主を選抜するたびに、あのような癇癪を許すことにもなる」 「全ての傾玉が、人の上に立つ者を見極める目を持っている訳ではない。傾玉を所持するからには、それなりの力が備わっていなければ、世の混乱の元だ」  アーネスが小さく息をつくのが聞こえた。彼女は視線をフルゴラへと向ける。  アーネスの催促にも、彼女は一貫して無表情だ。整った容姿も相まって、人形に見間違えてしまっても不思議ではない。 「シオン。あなたから、何か言いたいことはありますか」  初めて、フルゴラはシオンへ声をかけた。静かな瞳と目が合ったシオンは口を開きかける。しかし、視界の隅。暗がりでジェドネフが口元で人差し指を立てている。  すぐ横でも、アーネスが小さく頷いていた。シオンは両手を握り込む。 「……今はまだ、何も」 「分かりました。では今一度、状況の整理をします」  単調に続く声を聞きながら、シオンは何度も渇いた唇を噛みしめていた。
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