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18.ふたつの墓守
ずるずる、と。背中からソファへ体が沈んでいく。そう長くはあの場に立ち続けていないはずだが、ひどく疲れた。
部屋の隅にある乳白色の蝋燭から、淡い桃色の煙が細く昇っている。甘い香りが、幾分か気分を和らげてくれた。
「辛い思いをさせてすまない。他人のあげ足を取るのが上手い連中ばかりだから、あの場では発言を控えておくのが無難だと思ってね」
「……それは、体験談ですか?」
「今でもジェドネフによく呆れられるよ」
アーネスは苦笑し、部屋の扉を閉める。聞き慣れてきた軽快な指の音がしたかと思えば、室内のカーテンが全ての窓を隠した。
アーネスはシオンの向かいに腰を下ろし、一変して重苦しいため息を吐き出した。
「状況はあの通りだ。すでに君とスフェノスの処遇については結論が出ている。スフェノスは拘留、君は何かしらの罰則を受ける可能性が高い」
「……アーネスさんはどうして、私を庇って下さるんですか?」
「え? どうしてって言われても、なぁ……」
今さら、と彼女は目を瞬く。アーネスは腕を組み、首を傾げる。
「一度引き受けたからには、途中で放り投げるつもりはない、としか……」
「私にとても、親切ですし……」
「あれ……? もしかして、僕は疑われているのか……?」
シオンの視線にアーネス冷や汗を流し始める。
アーネスは実に親切だ。それこそ、当初のスフェノスを彷彿とさせる。
姿を現したジェドネフが声を上げて笑っていた。
「ま、あんな場所へ連れて行かれたら、そうなるわな」
「お前は僕の味方をする気がないのか、ジェドネフ。あと、よそ様のテーブルへ脚を乗せるんじゃない」
シオンの正面にどっかりと腰を下ろしたジェドネフ。アーネスは彼を窘めるが、彼は構わず背もたれに寄り掛かる。
「だが、シオン。残念ながら、そのちんちくりんは根っからのお人好しだ。それを見越して、アイツも嬢ちゃんの保護を俺たちに寄越してきたんだからな」
「アイツ……? そう言えば、私の保護は、そもそも、誰が……?」
アーネスは頼まれてシオンの元へ現れた。と、アルデランの城門で告げられた。ならば、彼女に依頼したその当人は、シオンの知り合い、またはシオンを知っている人物ではなかろうか。
「スフェノスと一緒にセルティスと言う島の管理をしている傾玉からのものだよ。僕はジェドネフを介して、その依頼を任されたんだ」
「セルティス……」
はて、どこだろう。
シオンは思い出してポケットから古びた地図をとり出す。紙にはくっきりと折り目がついていた。
「どのあたりにある島なんでしょう……?」
「アテラス大陸の極東に位置する島がセルティスだよ。スフェノスは本来、その島を守るべきだった傾玉だ」
「本来、守るべき、だった……?」
「実はスフェノス……。セルティス島に関しては、その辺り複雑でね」
折り目をなぞり、シオンは地図をテーブルへと広げた。日に焼けた紙の匂いは、部屋を漂う甘い香りにも負けない。
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