18.ふたつの墓守

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 アーネスは身を乗り出し、地図の端に描かれている東の島を指した。 「僕のジェドネフであれば、アルデラン王国。リアトリスのクルスタ、フルゴラのアダマスであれば、隣国ディケ公国。傾玉には必ず、守るべき国がある。けれど、今現在このセルティス島に住み着いているのは獣だけだ」 「……つまり?」 「国としては機能していない。と言うことさ」  アーネスが島の周りに指で円を描くと、島の周辺が僅かに光を帯びた。 「セルティス島は便宜上、国として扱われている。でも守るべき民や王が、ここには存在しない。ある大切なものを管理するためだけに存在する、どこの国も干渉できない、特殊な領土だ」 「大切なものって……? 傾玉?」 「傾玉以上に、この大陸にとっては大切なものかもね」  アーネスの声に熱が入る。シオンが顔を上げると、彼女の顔は活き活きとしていた。  手がかざされると、地図上に文字が浮かぶ。やはりシオンには解読できない。何かの名称であることは確かだろう。 「このセルティス島には、建世の魔術師たちの廟所があるのさ」 「それって……?」 「傾玉たちの産みの親であり、この大陸に続く長い大戦を終わらせた、神代の血を引く13人の魔術師たち。そのお墓さ」  シオンがジェドネフを見ると、彼は大袈裟に肩を竦める。あげく、視線までそらされてしまう。  彼はあまり、この会話には入りたくない様子だ。 「セルティスにある建世の魔術師たちの廟所を、僕らは『13の墓所』と呼んでいる。そこには限られた者の出入りしかできない。墓所への出入りを許されている者は、建世の魔術師たち当人。もしくはその墓の管理者である、セルティス島の傾玉」 「それが、スフェノス……?」 「そしてもう一石。ラドラドルと呼ばれる、僕らに君たちの保護を依頼してきた傾玉だ」  地図上へ、アーネスが傾玉の名らしき文字を連ねて記す。  シオンはラドラドル、と口の中で繰り返す。 「すごい、噛みそうな名前ですね……」 「ラドラドル、スフェノスの2つの傾玉は墓守と言う特殊な性質上、主の不在が長い間続いても、自力で動けるように設計されている。だからこの2石に関しては彼らの申し出がない限り、僕らは口を出せないんだ。何せ島に出入りができないからね。スフェノスもラドラドルもこのまま主を選ばず、島で建世の魔術師たちの死後の眠りを守り続ける、はずだった」 「でも、スフェノスが約束を、破った……?」 「ラドラドルの依頼内容は、第一にスフェノスを連れ戻すこと。そして、巻き込まれた一般人の保護。と聞いている」  アーネスがジェドネフへ視線をやると、彼は気のない相槌をうつ。 「ラドラドルのヤツは真面目でな。死んだ主から任された仕事を放棄して、何も知らない人間を巻き込んでることに、腹立ててンだろう」 「当然と言えば当然だろうね。この大陸の秩序を守るための存在が、その秩序を乱したら、産みの親である建世の魔術師たちへ顔向けできない。せめて、スフェノスが魔術師協会に一言、君を紹介してくれたら、違った結果になっただろうに……」 「……スフェノスは、自分の仕事に、嫌気が差してしまったんでしょうか?」 「さぁな。詳しいことは本人に聞くのが一番手っ取り早いだろうさ」 「そして、彼は僕らにそれを話す気がないから、困っているんだ……」  アーネスはゆっくりと重い腰を上げる。その表情はまた暗い。 「スフェノスの審問がこれから始まる。君はこの部屋で待っていてくれ」 「え……? 私もついて行くのは、ダメですか……?」 「君がいると、スフェノスがいつ君を連れ去ろうとするか、分からないからね……。それに申し訳ないが、君はしばらくこの場へ拘束される。休める内に休んでおいた方が良い」  見計らったかのごとく、音を立てて部屋の扉が開いた。廊下ではリアトリスが巻き髪を揺らして仁王立ちをしている。 「フルゴラ様が呼んでいますことよ、アーネス。お早くなさい」 「ああ、いま行くよ。……ジェドネフをおいて行くから、シオンは安心して休んでくれ。一言多いけど、頼りにはなると思うよ」 「一言多いのはどっちだよ」 「シオンが素直だからって、余計なことを吹き込むんじゃないぞ」  ジェドネフに念を押して、アーネスが扉を閉ざした。外側から施錠の音が聞こえる。  シオンは広間の空気を思い出し、膝の上で手を握り締める。  あの中へ、彼を1人で行かせるのは心苦しい。しかし、彼は依然として隠し事を続けている。恐らく、嘘もついている。自分は宿屋で目覚めてからこの方、スフェノスに騙されていたのかもしれない。 「スフェノスが心配か?」 「……分からないです」  向かいからの問いかけに、大きくため息を吐き出す。 「心配しようにも……。彼が何を考えているか……分からないですし……」 「嬢ちゃんは、スフェノスをどう思ってる」  昨夜と同じ問いかけだ。シオンは頭を悩ませた。  地図の上に描かれた島は、周囲を全て海で囲まれ、文字通りの孤島に見える。 「もし、スフェノスがやらなきゃいけないことを投げ出してしまったなら、それはあまり……よくないこと、なのかもしれない…………」  でも、とシオンは膝を抱える。 「スフェノスはずっと、私のためなら、何でもするって、言っていたから……。もしかしたら、記憶を失くす前の私が、彼に何か……いけないことを、言ってしまったのかもしれない、とか……」 「嬢ちゃんはそんな、何かいけないことを他人に吹き込むような人間なのか?」 「え……? どうでしょう……? 今の私は、これと言って思いつきませんが……」  顔を上げると、いつの間にかジェドネフは彼女の目の前に立っていた。  翠の瞳がシオンを覗き込む。スフェノスの透き通る碧の輝きとは、また違う美しさだ。 「友だちから始めたいんだろ?」 「そう、ですね……」 「友だちでも良いと思ったんだろ?」 「そう……。そうですね……」  ジェドネフにつられて、シオンはぎこちなく笑う。  どうやら彼は、記憶のない自分よりも、ずっと『シオン』を分かっているようだ。 「スフェノスは隠し事をしているけど……。悪い人ではないと、思いました」 「アーネスも顔負けのお人好しとみたぜ、お前さん」 「それは、ほめられているのでしょうか……?」 「どうだかな」  ジェドネフはシオンを手招きした。首を傾げながらも彼についていくと、化粧台の前へと連れて来られる。シオンの肩を引き寄せ、ジェドネフは彼女を鏡の前に座らせた。 「?」 「こっから先は、2人だけの秘密だ」  耳元で低く囁き、ジェドネフは鏡の表面を撫でる。  彼女の前で、また不思議なことが起きていた。シオンの顔を映していた鏡の表面は一変し、先ほどシオンが立たされていた広間を遠目に映し出す。目を瞬くシオンの隣で、ジェドネフは化粧台に寄りかかった。 「……見つかったら、怒られません?」 「要は、あそこでふんぞり返ってるヤツらにバレなきゃいい」  鼻で軽く流され、シオンは思わず声を漏らして笑う。アーネスの愚痴の訳が、ようやく理解できた。
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