22.見えない真実

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22.見えない真実

 アーネスが部屋に戻ってきたのは昼を過ぎた頃だった。彼女が戻って来るや否や、リアトリスは早々に部屋を去った。彼女が広げていたティーセットはクルスタが手際よく片付け、テーブルの上は元通りになっている。  部屋に戻って来たアーネスの口からは、ため息が絶えない。申し訳なくなり、シオンの口からも謝罪が漏れた。気付いたアーネスは手にしていた羊皮紙から顔を上げる。 「私のために夜も遅くまで動いていたと、リアトリスさんが……」 「え……? ああ、気にしないでくれ。君の身が危うくなれば、僕を責める人間もいる。僕は自分の利益にもなるから動いているんだよ。君のためだけじゃない」 「それでもありがとうございます」 「礼はここから何事もなく、屋敷に帰った後で構わない」  アーネスはテーブルへ羊皮紙の束を置き、肩を落とす。 「こんなことを言うとまたリアトリスが怒るから、彼女には言わないで欲しいけど……。正直な話し。僕は今の魔術師協会の在り方は好きじゃない。だから僕の可能な限りは君の力になりたいと思ってる」 「好きじゃないけど、ここにいるんですか」 「そうとも。残念だけどね」  今度は盛大なため息をつき、アーネスは頬杖をついた。 「魔術師協会に属していない魔術師もいるけれど、それは、法令で取り締まられている違法行為になる。魔術師として活動するには、必ず魔術師協会の許可を得て、資格を与えられてからでないといけない。そりゃあ、素人がむやみやたらに高位の魔術を使って、町ひとつ無くしたりでもしたら『事故でした』では済まないからね……」 「私みたいな何も知らない人間が、スフェノスを、傾玉を悪用してしまわないように……?」 「君の場合は、特例中の特例だ。君には非がない。君の今の状況は、不慮の事故。どちらかと言えば、加害者でなく被害者だろう。事故の原因は明らかだけど、スフェノスは他の傾玉とは毛色が違い過ぎて……。僕もまさかこんなに面倒な特性をもっているとは、思いもよらなかったし……」 「面倒な特性……?」 「君からの協力なしで、スフェノスがアソコまで動けるとは予想外だったんだ。恐らくフルゴラもね。フューカス様のお考えは本当に、よく分からない……。使い魔が魔力を自給自足で補えてしまったら、契約主である自分の命も危ないのに……」 「フューカス様……」  呟いて、シオンは服の下に隠れている冷たい石へ触れた。 「アーネスさん。スフェノスの、前のご主人は、どんな方だったんですか?」 「え? フューカス様のことかい……?」 「その……どうして、スフェノスがこれまで、一度も主を選ばなかったか。理由が分かれば……私が彼に選ばれた理由も、必然的に分かるんじゃないかと……」  ジェドネフとの秘密を口にするわけにもいかず、シオンは横目でチラリと部屋の奥を見た。化粧台はとりあえず布で覆っている。  あとでジェドネフに相談しなければ。 「うーん……。君の言うことは、最も……なんだけど……」 「?」  アーネスは腕を組んで唸る。 「フューカス様、ひいては建世の魔術師たちにおいては、千年以上も前の魔術師で……。アテラスの歴史から見ても、生前の逸話はもはや神話に近いものがあるからな……」 「建世の魔術師さんのことは、傾玉の皆さんから聞いたりはしないんですか?」 「僕としても是非、聞きたい。彼らの最期を見届けるのは彼らだからね。でも、傾玉たちはみな、建世の魔術師たちに関する話しを嫌がる。まあ、親との個人的な思い出をあかの他人に語るようなものだ」 「すごい人たちだったなら……。何か、国の資料とか……」 「あるにはあるけど、それはあくまで『各国』の史料だ。彼ら個人の詳細な人柄が分かるものは、全て破棄されてしまっている」 「捨ててしまった……? これだけ敬われているのに……?」 「抹消したのは後世の人間じゃない。建世の魔術師たち、本人だ」  アーネスは自身の胸を飾るブローチへ軽く触れた。彼女の手がかぶさると、その翠の石がどれだけの大きさを誇っているのか実に分かりやすい。 「僕の敬愛する、この国の礎を創られたシュティア将軍。彼は13人いた建世の魔術師の中でも中心的な人物であられた。公は建世の魔術師たちの誰かが死ぬと、その人物の人柄に関する情報を跡形もなく消す、と言っても過言じゃない。それだけ念入りに、自分たちの痕跡を消そうとしていたんだ。もちろん、ご自身も例外なくね。おかげで出身や種族すら不明なお方もいらっしゃる。フューカス様もそのお一人だよ」 「でも昨日、裁判がどうとかって……」 「ん?」 「あ……」  シオンは慌てて両手で口を押えた。もちろん、とうに遅い。  アーネスは部屋を見回し、布のかけられた化粧台で視線が止まった。 「……ジェドネフだな」 「……ごめんなさい」 「どうせ、彼が何かそそのかしたんだろう? やけに君を気に入っているみたいだからなぁ……」  シオンは身を小さくして素直に謝罪した。  アーネスは頭を振ってブローチの金細工を軽く指ではじく。 「始めに言わせておいて欲しいのだけど……。僕はあまり……。いや、個人的に。この俗説はとても容認しがたいものだ。しかしアテラス中の学舎では、これが常識として教えられている。スフェノスからしたら、昨日のように腹を立てて当然の内容でね。君もスフェノスの前ではこの話しは控えてくれ」 「はい」  頷くシオン。アーネスは地図を開くように促す。黄ばんだ地図を再び取り出し、テーブルへ広げた。
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