22.見えない真実

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 アーネスが国境の淵を指でなぞると、国名が2つ、浮かび上がる。一国は昨夜と同じ文字と場所に浮かんでいるからして、セルティスと書かれているのだろう。もう一国は地図の東。海を隔て、セルティスの隣に位置している大国だった。 「先日触れたセルティス島に加えて、中原のレグルス国。この2つの国をそれぞれ守護されていたフューカス様と、リオン王の名を好意的に捉える魔術師は少ないんだ」 「2人の間に、何かあったんですか?」  アーネスは首を横へ振る。 「むしろ、お2人の仲は良好だったんだろう。リオン王はフューカス様の命を救おうとなされて落命されたんだ」 「命を……?」  シオンはアーネスの指先を見つめる。地図上の2つの国名は静かに消えていく。  彼女は今では物語となった、この大陸の歴史を語り出した。 「2000年ほど昔の話。大陸の大半の国々が和平条約を結ぶと、建世の魔術師たちのほとんどは、俗に言う隠居をなされた。軍人でもあられたシュティア公と、多くの部族を纏める一族の長であられたリオン王を除いてね。隠居をなされた方々は、国の太守や国王への助言など。国営の補助をなさっていたと伝えられている。彼らは戦争後、疲弊していた国々の復興に尽力していたんだ。しかしある年。小国の王が何者かに暗殺されかける事件があった。王は暗殺者をその場で捕らえ、裁判にかけた」 「……もしかしてそれが、フューカスさん?」 「そうだ。そしてフューカス様は拘束されたとされる翌日には処刑された」 「……え?」  シオンは目を瞬く。  どこから質問すればよいものか。 「どうして、フューカスさんはそんなことを……? 何か事情があったんじゃ……」 「分からない。残されていた史料には、そうとしか書かれていなかったらしいから」 「らしい?」 「だから言ったろう……? この俗説は全くもって、筋が通っていないというか……。アラが目立つんだ」  アーネスは口を尖らせる。地図に滑らせた指が、他の11の国名を浮かび上がらせた。 「この小国、および裁判の記録はもう残っていない。にも関わらず、この乱暴な説が、どうしてまかり通ってしまったかと言うと……。その後の各国、建世の魔術師たちの対応だ……。まず、どの国もこの裁判に対しては介入しない、との決議がなされている。これに関してはそこまで不思議じゃない。下手に介入して、逆に濡れ衣を着せられでもしたら、小国家は解体の危機に陥るからね。問題は、フューカス様の同志であられた建世の魔術師たちだ。フューカス様への裁判に、意見書や抗議文を出した形跡がないんだよ。1人を除いてね」 「リオンさん……?」 「そう。レグルス国の公式史料によると、リオン王はこの一連の裁判の流れに、ひどくお怒りになられた。自らが抗議へ向かわれるために、王座を捨て、太刀まで取ったとされている」 「王座を、捨てた……?」 「王の座を、後継者に無理やり押し付けたんだ」 「王様って、そんなに簡単にやめられるんですか……?」  まさか、とアーネスも肩を竦めた。 「それほど大切なお方だったんだろう。もしくは、13人の中でも情に厚いお方だったのかもしれない。とにもかくにも、慌てたのは臣下たちだ。王でなくなったとしても、彼が国で最も力を持っていることに変わりはない。そんな彼が一国へ直々に、しかも武装して介入するとなれば、周辺国の反感は免れない。彼らはリオン様を夜通し諭し続けたけれど、リオン様は耳を貸さなかった。後継の義弟は泣く泣く、馬を用意したフリをして、彼を誅殺しようとした。けれどもリオン様は、太刀傷を受けた体でなお、フューカス様の元へと向かい……。幸か不幸か。リオン様はその途中、国境を超える寸前で息を引き取られた。おかげでレグルス国は表立った非難を受けず、今も国として続いている。そしてこの件に関しても、他の建世の魔術師たちは黙ったままだ。おかげで、『罪人』を庇おうとした『暴君』を敬う人間は少なくなり、これが事実として今も語られてしまっている」 「…………」  物語の締めくくりはアーネスの長いため息だった。  彼女はソファへ背を預け、目を伏せる。 「建世の魔術師の中心であったシュティア公でさえ、フューカス様とリオン様を庇おうとなさらなかった。フューカス様は火刑に処されて遺体も残らず、リオン様も死後間もなく遺体をシュティア公が引き取って13の墓所に収めただけで、お2人の葬儀もなかったそうだ」 「……スフェノスはその時、フューカスさんの側にいなかったんでしょうか?」 「そればかりは彼に聞かないとね。ただ、彼がああも怒るのだから、やはりこの俗説は真実ではないんだろう」 「でも、スフェノスは怒るだけで、否定はしてなかった……」 「僕のジェドネフも含めて、傾玉は建世たちの重要な情報を誰にも漏らさない。建世の魔術師たちとそういった取り決めをしているんだ。僕たちが建世の魔術師たちについて聞いても、肯定しないし、否定もしない。皮肉や黙殺で反感を買っているのは分かるけど、それでも事実を口にはしない」 「私がスフェノスに聞いても、教えてくれないでしょうか……」  ただの羊皮紙へと戻った地図を眺めて、シオンは呟く。  アーネスはテーブルへ置いた羊皮紙の束を手にする。 「そればかりは、君が確かめてみるしかないな……」  部屋に静けさが戻る。シオンは地図を眺めながら、冷たい石の感触を確かめていた。彼女を呼ぶ声はない。  日は徐々に傾いていき、また夜がきた。
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