23.判決

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23.判決

 広間へ向かう足取りは、ただただ重い。逃げだしても好転しないのは重々承知していても、あの場に立つと分かっていると、足も気分も重くなる。部屋を出る間際、口にした紅茶がすでに恋しい。温かいベッドにひき籠りたい。  シオンがしおれていると、横から叱咤が跳んできた。 「これから再びフルゴラ様の前へ出るのですよ。しゃんとなさい」 「ちょっと眠くて……」 「あなた、見かけによらず図太いですわね……」  リアトリスの視線は珍妙な生物を見るそれだ。  シオンは目を擦る。おかしい。それなりの睡眠をとったはずなのだが。  彼女の隣ではアーネスもあくびをかみ殺していた。 「こう言う時ばかりは、僕も傾玉の体が羨ましいよ……」 「俺たちはベッドも食器棚も要らねぇしな」 「おかげで室内の最大限、有効利用が可能です」 「必要な大荷物と言えば、ご主人サマくらいなもんか」 「それは傾玉(君たち)流の冗談なのか……?」  見えないクルスタとジェドネフの会話に、アーネスは困惑する。  その声にふと思い出し、シオンは見えないクルスタを探す。 「そう言えば、またお茶を淹れて下さったんですね、クルスタさん。ありがとうございました」 「私はお茶をお淹れしてはおりませんが」 「あれ? じゃあ、アーネスさん……?」 「ん? 僕も違うよ」 「アーネスは一人じゃロクに茶も淹れられねぇよ」 「彼女が真に受けたらどうしてくれるんだ、ジェドネフ」  意地悪く笑うジェドネフにアーネスが憤慨する。彼の笑い声はそそくさとその場を離れていく。  首を傾げるシオンに、リアトリスが胸を張る。 「協会の使用人でしょう。こちらの集会場に控えている使用人はみな、ディケ、アルデランの魔術師に仕えている優秀な者たちの中から、さらに選抜された者たち。あなたのような素性の知れない者であっても、気をきかせてくれるのです」 「そうですか……」  シオンは相づちで流した。丁寧に付き合えるほどの気力が今は無い。  両扉が開き、リアトリスはシオンの背を見送る。 「雑談は終わりです。アーネスの口利きもあったことですし、前回よりはあなたの話しに耳を傾ける方もいらっしゃることでしょう。自身が潔白であるのなら、きちんと弁明なさるのですね」 「リアトリスさんは?」 「あと数年もすればフルゴラ様のお隣に座すことになりますが、今しばらくはお手伝いに専念いたしますわ」 「そうなんですね……?」 「リアトリスが座るって言うなら座るんじゃないか……?」  背後からの誇らしげな宣言に、アーネスはげんなりと答えた。 「冗談はさておき、君の立場は未だ宜しくない。互いに気を引き締めて行こう」 「はい」  アーネスの後ろに続き、シオンは狭い階段を下りる。  視線が降り注ぐのはやはり落ち着かない。友好的でないなら、なおさらだ。背後で扉が閉ざされる。  シオンは再び審問の場に立った。フルゴラが昨夜と同じく正面へと腰を下ろす。  その間。シオンはようやく自身の異変に危機感を抱いた。瞼が重く、足に力が入らない。 「……シオン。おい、聞こえてるか?」  ジェドネフの声も、妙に遠い。 「えっ……と…………」  眠い。猛烈に眠い。  首を横へ振るのもやっとだった。目を開いても、焦点が合わず、視界が霞む。 「やっぱり……ねむ、すぎて……」  襲ってきた睡魔に抗えず、シオンの意識は暗闇へ滑落した。
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