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「浪子さん、昨日でここ辞めたから」
事務所に着くと、店長が開口一番にそう言った。
寝耳に水だった。昨日ナミ姉はふつうに仕事をしていたし、別れ際に「じゃあ、明日ね」と言っていたはずだ。
「だから今日は、僕も掃除に入ります」
「あの、なんで辞めたんですか? 昨日辞めたいなんて一言も……」
ナミ姉は、このホテルで十年近く清掃係をしていたはずだ。今さら辞めるなんておかしい。
「昨日、浪子さんに正社員にしてくれないかって頼まれたんだよ。うちで正社員は無理だから。正社員になりたいんだったら、ここでパートなんかしてないで、ちゃんと就職活動しなさいって言ったら、じゃあ今日で辞めますと」
そういえばナミ姉は、三十代の独身女性だった。
「君にも言っておくよ。うちはパートしか雇ってないからね」
店長はラブホテルを経営している癖に、外見も性格もふつうのサラリーマンみたいだ。ネクタイはしていないけど、白いワイシャツと、茶色い上下のスーツを着こなしている。仕事中は厳しいけど、就業後は優しいオジサンに切り替わる。ナミ姉は十年もここで働いていたのだ。期待して当然だと思った。
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