スペア未満

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 翌朝わたしは、いつもより一時間早く布団から出た。昨日に続き今日も雨だ。窓の外は朝とは思えないほど暗く、締め切っているのに雨音が漏れてくる。  今日もあの父子に会ってしまうかもしれない。また少女が絡んで来たら面倒だ。わたしは昨日より一本早いバスに乗ろうと決めた。  食パンを齧りながらノートパソコンを立ち上げ、インターネットのブラウザを開く。安い引っ越し業者を探すため、見積もりサイトを検索する。トップに出てきたサイトのメール登録画面に、自分のアドレスを入力した。  このアパートに越してから一年もたたずに、わたしはこの部屋を出ようとしている。ここが嫌いなわけではなかったが、引っ越したい理由を強いてあげると、お隣さんが頻繁に夜中に騒ぐから。でも理由がなくてもここに長くは住まない気がする。本当に自分でもよくわからない。  仕事も男も友人も住む場所も、すぐに飽きて取り替えてきた。引っ越し貧乏でなかなかお金も貯められない。いつからだろう。こんな風に物にも人にも場所にも執着しなくなったのは。親と親戚ぐらいしか、取り替え不可能なものってないとさえ思う。もし結婚して子供ができたら、子供も置き換え不可能のカテゴリーに追加されるんだろうけど、まだ結婚の予定も、そんな相手に出会っている兆しもない。まだ二十代前半だし焦ってないけど。  布団を畳んで押し入れに押し込み、上下のスウェットを脱ぐ。テーブルの上の時計を見るとまだ八時前で、乗りたいバスの到着時間まで三十分近くある。わたしはオナニーをしてからシャワーを浴び、普段着に着替えた。最近男を切らしている。セックスはできないけど、オナニーで十分満足できるから、欲求不満にはならない。というか、オナニーはわたしを幻滅させることがないから好きだ。必ず気持ちよくなれる。信頼できる。  自宅を出る前に、疲労困憊の右手を丹念に揉んで労った。腱鞘炎になったらまずい。仕事に支障を来す。
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