スペア未満

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 バス停には、すでに昨日の父子が並んでいた。彼らの後ろ姿を眺めながら、自宅に引き返す面倒と、子供に絡まれる鬱陶しさを天秤にかけ、後者をしぶしぶ選ぶ。雨避けの屋根の下に入り、傘を閉じた。わたしがふたりに朝の挨拶をすると、男が少し顔を歪めた。 「あ、昨日の……おはようございます」 「おかあさん!」  慣れって怖い。花が咲いたような笑顔でそう呼ばれると、いちいち違うと突っ込むのが無粋に思えてくる。一緒にいるときぐらい呼ばせても良いか。バスが来るまでのほんの数分だ。乗車したら、離れた席に座れば良い。 「なあに~?」 「抱っこ、抱っこ!」  期待に目を輝かせて両腕を広げてくる。やっぱり鬱陶しい――のに、無下にできないなにかが、この子にはあるみたいだ。幸い両腕は空いている。今朝手提げかばんではなく、メッセンジャーバッグを選んで、背負って家を出たことにも、なにか意味があるのかもしれない。わたしは覚悟を決めた。少し屈んでから彼女を両腕で抱きこみ、全身に力を込めてから立ち上がった。思っていたより軽い。見た目はどこもかしこもふっくらしていて、二十キロはあると予測していたのに。軽いのでわたしは調子に乗って、腕の中できゃははと笑っている女の子を縦に揺さぶった。笑い声が大きくなる。 「すみません。甘えてしまって……」 「いえ、こちらこそ勝手に抱っこしてしまって」  なぜか和みだしている自分がいる。隣の男も、さっきは硬い表情をしていたのに、今は歯を見せて笑っている。
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